昔の正門(昭和13〜15年ごろ)

「としまえん」とは何だったのか?「世界初・日本初」を連発したその歴史

「史上最低の遊園地。」閉園の喪失感

8月末、東京都練馬区にある遊園地「としまえん」が、多くのファンに惜しまれながら、94年の歴史に幕を下ろす。その歴史をふり返りながら、「ありがとう」と「さようなら」を伝えたい。

自粛ムードと感染症蔓延のなか開園

「としまえん(以前は豊島園)」について語る際の定番の書き出しが「練馬区にあるのに、なぜ『としまえん』なのか?」である。

鎌倉時代から室町時代にかけてこの地域を治めていた豊島氏の居城(練馬城)があったことから「豊島園」と名づけられたとされているが、そもそも豊島氏の姓は「武蔵国豊島郡」に因んでいる。

「豊島園」開園当時の住所は東京府北豊島郡上練馬村だった。ちなみに練馬区が発足したのは1947年8月1日だが、練馬区はこの日を「板橋区から分離独立」した日ととらえており、2017年には「練馬区独立70周年」のイベントが行われている。練馬区には“独立記念日”があるのだ。

 

さて、「豊島園」は「運動と園芸を東京市民に広く奨励する」というコンセプトのもと、1926(大正15)年9月に部分的に開園。翌春に本格開園となるのだが、その間に大正が終わり、昭和が始まっている。

天皇崩御による自粛ムードと開園時期が重なったのだ。また、同時期に東京ではインフルエンザ患者が37万人に達し、10日間で690人もの人が亡くなっている。

決して明るい世相のなかでのスタートではなかったことがうかがえるが、だからこそ誰もが親しめる遊園地が歓迎されたともいえよう。