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全事業で減収減益…コロナで「東急」が直面する「厳しすぎる現実」

経営改革の集大成だった年度だが…

かつてないほど厳しい東急の決算

東急株式会社は、8月12日に第1四半期(4月~6月)の決算を発表した。新型コロナの影響で、かつてない厳しいものとなった。半期と四半期の違いがあるが、終戦直後の昭和21年上期以来の赤字決算である。

東京急行電鉄の正式の起源は目黒蒲田電鉄で、同社は、渋沢栄一が設立した田園都市会社の鉄道部門として生まれた。本業は田園調布あたりの都市開発で、工業化した都市が混雑と公害によって住環境が悪化しているため、自然豊かで空気の綺麗な郊外での生活を提案する、社会活動を実践した会社である。

そのような起業の経緯から、東京急行電鉄の基本は鉄道事業であるが、沿線を中心に地域開発に取り組み、戦後は多摩田園都市の開発を進めた。同時に伊豆半島の観光開発にも力を入れ、さらに全国に事業を展開して、地域開発やホテル、商業施設の経営などさまざまな事業を経営することになる。いわば、戦前の財閥にも通ずる一大コンツェルンを形成していった。

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現在は、鉄道が事業の中心であるものの、売上高はむしろ生活サービス事業の商業施設や文化施設の方が大きい。鉄道事業を含む交通分野の売上高は、全体の2割程度と比較的小さいが、ほとんどの鉄道路線が利用効率の高い優良路線で、営業利益では4割近い。

かつて高度経済成長期には事業範囲を大きく拡大、五島昇社長の下で、海外への進出にも熱心に取り組み、太平洋の周辺地域でホテルや観光施設を経営するまでになった。

しかし、バブル崩壊以後は、国内景気の低迷により事業の縮小を余儀なくされたことから、「沿線回帰」「本業回帰」を進めた。

 

もともと東急の起源である鉄道の沿線地域、とくに渋谷や二子玉川の再開発や多摩田園都市での生活関連施設の開発に集中していくことになる。言い換えると、鉄道利用者や沿線の住民をターゲットとした生活をめぐるさまざまなサービス事業に経営資源を集中するのである。

そのような経営方針の下で、目蒲線を改良して、地下鉄南北線、三田線との直通運転を開始。東横線の渋谷駅を地下化して地下鉄副都心線に直通するなど、鉄道の輸送改善を急ピッチで進めた。東京の人口増加が落ち着く中で、東急沿線の人口は伸び続けた。

しかし、これからは東京といえども人口減少が見込まれ、いつまでも鉄道に依存した経営が続けられるわけではない。すでに鉄道の経営上の重要性は低下してきている。

渋谷の再開発などの地域開発などに重心が移り、国内でのノウハウを活用して海外でも地域開発事業を進めていく。そのように事業内容が変遷する中で、新たな経営体への転換を決断した。