8月25日 北里柴三郎がペスト菌を発見(1894年)

科学 今日はこんな日

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"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1894年の今日、日本の医学者・北里柴三郎(きたざと・しばさぶろう、1853-1931)によるペスト菌発見の論文が科学雑誌医「The Lancet」に掲載されました。

 

ペストはリンパ節の腫れと激烈な痛みをもたらす伝染病で、患者の体表に黒い斑点が生まれることから「黒死病」とも呼ばれます。人類史上ではペストのパンデミック(感染爆発)が幾度か起こり、なかでも中世ヨーロッパでのパンデミックによる犠牲者は2500万とも、5000万とも言われます。

1894年に香港で発生した集団感染から始まった世界的なペストの流行は、有史以来3度目のパンデミックと考えられています。そんなペストに当時最新の学問であった細菌学を携えて立ち向かったのが、国立伝染病研究所の所長であった北里柴三郎です。

ペスト菌が日本に持ち込まれるのを防ぐため、北里は政府の命を受けて香港にわたり、病原菌の特定を試みました。病理解剖を極秘で行わなければならないなど調査は難航しましたが、北里はペストと症状がよく似た炭疽症という病気の病原菌が血液中に存在することを援用し、ペスト患者の血液を調べることを思いつきます。

北里柴三郎 Photo by Getty Images

はたして、北里は患者の血液を漂っていた未知の病原菌をペスト菌と同定し、薬品や熱、日光による消毒がペスト菌の駆除に有効であることを見出しました。また、北里は患者の家で死にかけだったクマネズミの血中からペスト菌を発見し、ペスト菌を媒介するクマネズミの消毒・駆除によって伝染を抑えられる可能性があることも指摘しました。

北里の発見により、ペストへの具体的な対策が可能となり、香港でのパンデミックは終息に向かうこととなりました。その数年後には、横浜や神戸の港から日本にもペストの感染が広まったことがありましたが、北里らがあらかじめ予防策を講じていたため大流行を防ぐことができました。