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福田康夫・元首相が明かした「父・赳夫のこと」「公文書管理のこと」

「安倍一強」とは違う、戦後自民党の姿
戦後日本の総理大臣たちの暗闘を描いた伝説的名作劇画『歴史劇画 大宰相』(さいとう・たかを著、戸川猪佐武=原作)が講談社文庫から順次刊行されている。近刊の第7巻が扱うのは「昭和の黄門」として知られる福田赳夫元首相。以下に掲載する同書の解説は、赳夫氏の長男である福田康夫元首相が父について語った貴重なものだ。聞き手は成蹊大学教授で日本外交史が専門の井上正也氏が務めている。

権力をどれだけ「抑制的に」使うか

井上 戦後の日本政治は「官僚主導」と言われながらも、政治家による総合調整が上手く機能していました。例えば、大蔵官僚出身である福田赳夫氏は政調会長になった昭和30年代、大蔵省の言いなりになるのではなく、自民党が重点的に予算配分するところを決める仕組みを作っています。「五五年体制」の時代に宰相となった政治家たちは、総じて「官」の仕組みを熟知しており、それをしっかりコントロールする能力を持っていたように思います。

福田赳夫氏(1981年)〔PHOTO〕Gettyimages
 

福田 宰相となった人物の矜持とは何か。それは、持てる権力をどこまで抑制的に行使するか、その度合いではないかと私は考えています。行政府の長である内閣総理大臣が、自らの持つ権力をフルに行使しようと思えば、政策でも人事でも、多くのことを決められるからです。

したがって、内閣総理大臣には自ずと権力を抑制的に行使する、この自覚が強くもとめられます。

当時は「官」の力が強く、それはそれで問題がありました。しかし逆に官に力がなくなると、どういう現象が起こるでしょうか。多くの官僚は今、国家のことよりも、もっぱら自分の立身出世に執心しているように、私には見えます。政策立案の発想が目先のことに偏り、中長期のことではなく短期のことしか考えない。

かつての官僚は10年先のことを考える構想力を持ち、日本の行く末を頭に描きながら政策を立て、予算を決めた。いまは大臣が待っていても官僚たちから何も上がってこない。これは官庁の劣化以外の何ものでもない。非常に残念です。経産省の若手官僚が2019年から20年初頭にかけて20人以上も退職したという報道を目にしましたが、これも官庁が弱体化しているひとつの表れと言えるでしょう。