二度とバイオリンを弾けないかもしれない

――デビューが決まってからも、苦しい時期があったと聞いています。

式町:2018年にメジャーデビューしたとき、いろんなことがありすぎて。もちろんプレッシャーもあった。ボクシングにたとえると、僕はたぶん死ぬまで青コーナーでひたすら頑張っている挑戦者だと思うんですね。それがメジャーデビューとなって、ちょっとだけ赤コーナー側の世界も経験できた。それは、応援してくれた皆さんや支えてくれた関係者の方々のおかげで、だからこそいらぬプレッシャーもかかってしまった。

そんなときに祖父が胃がんになってしまったんです。胸やけがする、体重が減ったと聞いていたのに、家族みんな気づかなくて、僕もすごく申し訳なくて…。うちは父がいないので、祖父が働いて育ててくれて。そのじいちゃんに好きなゴルフをたくさんさせてあげたいと思ってバイオリンを頑張ってきました。その目標を見失ってしまった。いじめられたときもバイオリンだけは弾けていたのに、はじめてバイオリンが握れなくなった。もうバイオリンをやめるかもしれないと追い込まれていったんです。

小学6年生になった水晶を待ち受けていたのは壮絶ないじめだった…『水晶の響』(講談社刊)

斉藤:メジャーデビューしたばかりなのに、という焦りもあったんでしょうね。

式町:そうですね。でも今やめちゃうと、家族に楽をさせられないと思ったんです。経済的にも、祖父に安心して治療を受けさせたかった。また、失意のどん底のなかでも、お客さんや周りの方々に励ましてくださったのも大きかったですね。

そしてもう一つ大きかったのが、ちょうどそのときにマンガ連載のお話をいただいた。それが、モチベーションとして折れない柱になってくれたんです。これから連載が始まるのに、バイオリンをやめますなんて言えないな、と。

斉藤:水晶君のドキュメンタリー漫画をメジャーデビューに合わせて読み切りとして描かせていただいたんです。その反響もあって、連載を…というタイミングでしたね。

式町:そのとき母が「せっかく主人公になって、フィクションマンガにまでなったのに、やめちゃったら主人公じゃない」って激励してくれたんです。