魔裟斗と新生K-1の武尊(筆者撮影)

魔裟斗と山本KIDがヒーローだった頃…K-1全盛期がアツすぎた!

「人類最激戦区」での死闘を振り返る

K-1がもっとも「アツかった」時代

「ヘビー級よりも俺の試合のほうが面白い」

「俺は格闘技の神様の子だから」

「もう一回やって……絶対ぶっ殺す」

数々の名台詞を残した2000年代のK-1は「中量級の時代」だった。

後継者と言われる新生K-1の武尊(右)をバックステージで祝福する魔裟斗(筆者撮影)
 

主役は魔裟斗。K-1 WORLD MAX世界トーナメントで2003年、2008年と2度の優勝を果たした彼には「反逆のカリスマ」というキャッチフレーズがついていた。何に反逆したのかといえば、当時の格闘家、格闘技のイメージに対してだ。業界の常識すべてに歯向かったと言ってもいいだろう。

K-1の中量級部門であるWORLD MAXがスタートしたのは2002年のこと。2月に開催された日本代表決定トーナメントで、魔裟斗は個性豊かな出場選手8人の頂点に立った。

1993年に旗揚げしたヘビー級の立ち技格闘技イベントK-1 GPに続き、2000年には桜庭和志の活躍で総合格闘技イベントPRIDEがブレイク。そして中量級の台頭により、格闘技界は黄金時代を迎えた。

この時期、格闘技はその魅力の幅を大きく広げ、チャンスを得た選手たちは一気に飛躍を果たす。ジャンル全体が底上げされ、沸騰した熱い時代だ。その熱を、魔裟斗を中心に振り返ってみたい。

第1回K-1 MAX日本トーナメント、魔裟斗が決勝で闘った相手は「ミスター・ストイック」こと小比類巻貴之だった。魔裟斗にとっては、デビュー2戦目で敗北を喫した仇敵だ。

伝説的指導者、「鬼の黒崎」こと黒崎健時のもとで特訓を積んだ小比類巻のローキックに対し、魔裟斗はシャープなパンチのコンビネーションで真っ向勝負。判定勝利を収め、実力で上回ったことをアピールすると、試合後には「まだライバルって言われるんですかね」と小比類巻を突き放した。

一方、小比類巻のコメントは「もう一回やって……絶対ぶっ殺す」。選手たちのキャラクターの濃さも、この頃のK-1 MAXの魅力だった。