フィンランド34歳女性首相が「プロポーズナシ・夫婦別姓」で結婚した話

29歳で国会議員、出産・育休も経験…
岩竹 美加子 プロフィール

マリンは、あまり勉強せず学校の成績は良くなかったが、なんとか高校に入学。 「口を開かなければ普通の子だった」とは当時の友達の評だ。口を開くと、ためらうことなく率直に自分の意見を主張した。

2004年に高校卒業試験にパス。フィンランドでは、歴史的に高校卒業の方が大学入学より重要なイベントだ。ホテルのナイトクラブで、友達と大騒ぎのお祝いをした。でも、これから何をしたいいのか、まだわからなかった。

夫と出会ったのは、高校卒業試験の年の夏。翌年から同居を始めた。マリンは近くのデパートのレジで働き、タンペレ大学で学び始めたのは2007年、22歳のとき。行政学を専攻した。フィンランドでは、高校卒業後、すぐに大学に行かなければならないという考え方はない。

大学に入る少し前頃から、政治的な活動を始めていた。 社会には様々な問題がある。望ましいと考える社会像や解決策を話しあい、行動を起こして社会を変えていく活動である。マリンは、活動の場として社民党の若者組織を選んだ。フィンランドの各政党には若者組織があり、15歳から加入できる。

タンペレは歴史的に労働者が多く、社会主義や共産主義の影響が強い。1905年に建てられた「労働者の家」は、レーニンとスターリンが初めて会った場所だ。当時、フィンランドはソ連の自治大公国だった。100年以上を経た同じ場所で開かれる、若い社民党政治家の会合にマリンは頻繁に足を運んだ。

また大学、タンペレ市、社民党若者組織などの様々な委員を兼任、歴任した。

 

34歳で首相になるまで

若い時に政治的な活動をしていても、政治家になろうとまでは思わない人は多い。しかし、マリンは違っていた。始めたからには、行くところまで行こうと決めていた。だが、若者組織から大人の政治の世界への移行は容易ではない。大学に入って2年目の2008年、地方選挙に出たが、補欠に止まった。

そこであきらめることなく、2011年は国会に挑戦した。道を歩いて、自分の考えや主張を書いたパンフレットを配った。パンフレットは自分で作り、スピーチの原稿も自分で書いた。選挙活動は、友達と母が手伝ってくれた。票はあまり得られなかったが、貴重な経験になった。