古代のペルシア人が、「大帝国」を2度も生むことができた理由

古代ペルシアの組織力と現実主義
青木 健 プロフィール

リアリズムと軍事力の淵叢としての「ペルシア」

したがって、本書の焦点は、思想史的・文化史的なモメントには無い。往々にして「ペルシアの宗教」とされるゾロアスター教にしても、中央アジアで蒔かれた種子が、偶々政治権力の中枢たるペルシアの地で発芽したに過ぎない。

 

それを、ペルシアにおける内発的な産物とは謂わないであろう。ゾロアスター教史におけるペルシアの最も独自の貢献は、それまであった各種ゾロアスター教思想を、中世ペルシア語文献という一つの有機体に纏め上げた点にあると筆者は思う。

古代ペルシアは、如何にもペルシアらしく、思想文化の面でも、独自性の発揮によってではなく、その集大成化によって貢献したのである。

それらのことどもよりも、古代ペルシアの驚倒すべき点は、あれだけ多民族――定住民も牧畜民も遊牧民も含めて――が跋扈するオリエントの地を、最初は220年間にわたって、つぎには427年間にわたって、かなりの程度の調和と持続力を以って統治した点にある。

アレクサンダー3世と戦う、ハカーマニシュ朝最後の大王ダーラヤワウシュ3世(photo by iStock)

これが、夢と観念の世界に遊ぶイスラーム期のペルシア人とは似ても似つかぬ、リアリズムの極致を窮めた古代ペルシア人の姿である。もっとも、そのリアリズムとは、要するに叛乱を起こした者が居たら、容赦なく頭をぶっ叩くまでの話であって、軍事力を背景とした政治的エネルギーと言い換えても可である。

本書の構成

本書では、古代ペルシアのエネルギーが拠って来るところを、ハカーマニシュ朝における大王の宮廷政治と、サーサーン朝における皇帝と大諸侯との鬩(せめ)ぎ合いに見る。

これらの艶冶豊かなとは言い難い殺伐とした泉は、なるほど宮廷クーデターと頻繁な暴力の行使に満ちてはいる。しかし、そこに、単なる冗漫な史実の羅列ではなく、古代ペルシアの瑞々しいリアリズム荒々しい力が充溢し、オリエントを覆った源泉を見るべきである。

筆者には、古代メソポタミア文明を論じることはできないし、仮にそうしたら、「味噌汁で面を洗って出直して来い」と言われるだけであろう。だが、おそらくこのような活力は、古代ペルシアをはるかに凌ぐ古い歴史を持つ古代メソポタミアには、かえって欠けていたのではないだろうか。

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