古代のペルシア人が、「大帝国」を2度も生むことができた理由

古代ペルシアの組織力と現実主義
青木 健 プロフィール

組織力と現実主義

本書は、そのような通俗を避けて、かつてそうであった「古代ペルシア」を語る

古代ペルシアでは、文学活動は盛んではなかった。古代イラン史上で、唯一文学活動の痕跡――吟遊詩人(ゴーサーン)の徘徊というかたちで――が認められるのは、ペルシアならざるパルティア系のアルシャク朝の時代である(この時代については、本書では詳述しない)。

 

神秘主義思想については、言わずもがなである。筆者はかつて――1990年代にイスラーム神秘主義を専攻する大学院生だった頃――、イスラーム化以降のペルシア人思想家たちの描く自己イメージに幻惑され、「イスラーム期にこれだけ神秘思想家が輩出されている以上、古代ペルシアでは定めし神秘主義思想が盛んだったに違いない」との確信の下、できるかぎりの文献を漁った。

而して、費やした労力に比して得られた結果の乏しさに愕然とした記憶がある。ゾロアスター教中世ペルシア語文献のなかのほんの数行程度が、神秘主義思想と思えば思い込めなくもないといった惨状であった。

古代ペルシア研究を推し進めるうちに筆者が愕いたのは、その壮大な組織力と現実主義であった。イスラーム化以後のペルシアの、あの現実剝離の形而上的特質の対極にあるかのような「古代ペルシア」の現実に対する構築性は、如何にして生み出されたのだろうか?

ペルセポリスの遺跡(photo by iStock)

人類文明発祥の地たるメソポタミアは、ついにオリエント全体を統一するような強な王権を生み出さなかったが、僻陬(へきすう)の地たるペルシアの方で、かえって優れた組織力を見せ、魔法の杖の一振りでオリエント全体を軽々と取り纏めてしまったのである。

これがただ一度限りのことであれば、神の気紛れとして片付けることもできよう。しかし、何たる不条理か、500年以上の間隔を空けて2度までも、この高原沙漠ペルシアの地から興起した王朝が、オリエント全域を覆ったのである。

この古代ペルシアの意表外の万能性には、イラン学者として瞠目せざるを得ない。筆者は、この現実的組織力の点――及び思想的貧困の点――で、メソポタミアに対する(古代)ペルシアは、ギリシアに対するローマに相当すると捉えている

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