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自粛警察はなぜ生まれた?コロナ禍が浮き彫りにした「世間」の正体

日本人を苦しめる「同調圧力」とは
『「空気」と「世間」』(講談社現代新書)などの著書を通して、長年にわたって「世間」の構造や弊害を明らかにしてきた劇作家・作家の鴻上尚史氏。日本世間学会の設立メンバーの一人であり、大学院で「世間論」の講義を行なってきた佐藤直樹名誉教授九州工業大学)。新型コロナの感染拡大を機に、それぞれの立場から「世間」の問題を追求してきたお二人による対談が今回実現しました。
 
「自粛警察」の出現、「夜の街」に対する過剰な攻撃、感染した著名人による謝罪など、コロナ禍に伴う数々の現象は世間」と呼ばれる日本特有のシステムが生み出した「同調圧力」が形となって現れたものであると、二人は話します。日本社会に息苦しさをもたらす同調圧力はどこから生まれ、どのように私たちに影響を与えるのでしょうか。そして私たちはそのような状況下でどう生きたらよいのでしょうか

「世間」に生きづらさを感じるあなたへのお二人からのメッセージを、抜粋してお届けします。

ホームレス受け入れ拒否の論理

鴻上 以前に対談したイギリス在住の保育士で作家のブレイディみかこさんが「すごくびっくりした」と話していたのが、大雨のとき、東京の台東区で避難所に来たホームレスが受け入れを拒否されたという出来事です。

もしもそのホームレスが亡くなっていたら、その拒否した職員は人を殺したという責め苦を感じないんだろうかと。でも、日本人としてすぐに分かるのは、責め苦を感じることよりも避難所の「世間」を守ることのほうが、彼にとってはプライオリティが高いということですね。

佐藤 そうですよね、「世間のルール」を遵守しないと「世間」から排除されるが故に、日本人はこれをじつに生真面目に守っている。誰に強制されたわけでもないのに、過剰に忖度し、自主規制し、「自粛」する。日本の犯罪率が低いのも、ついでにいえば自殺率が高いのも、他国では考えられないほど「世間」の同調圧力が強いためだと思います。

鴻上 「世間」の同調圧力が強いから、マスクとかトイレットペーパーとかの買い占めも、同時に起こりやすいんですね。もちろん海外でもパニックは起きるんだけど、パニックのカウンターがちゃんとあるんですよ。

よくネットにアップされるのは、トイレットペーパーを山ほど買い占めて、店を出ようとした瞬間に、「待て」と言って、「あなたはそんなに買う必要はない」と冷静に諭す人が出てくる。もちろん欧米ではバイオレンスまで行って、女性二人が殴り合ったりする映像がネットに出たりするんですけど。

すごいなと思うのは、パニックになる人はパニックになるけれど、ちゃんと「いや、そうじゃないんだ」と、個人として強く出る人がいることですね。すごくうらやましく感じます。

佐藤 だから、インディビジュアル(indivisual)が今こそ必要なんです。

インディビジュアル…明治期に日本に輸入され「個人」と訳されたが、両者で意味は大きく異なる。in(否定)+divide(分割する)であることから、語源的にはこれ以上分割できない最終単位であるのだが、日本では「世間」が一つの単位になっていることから、「あいつは個人主義的なやつだ」などとネガティブな意味合いで用いられることが多い。「世間」にはインディビジュアルは存在しない。
 

「社会」の欠落したネットと「不謹慎狩り」

鴻上 今、ネットの話をしましたが、ネットで誹謗中傷をくりかえす人たちが世界中にいて、英語ではそういう人たちのことをインターネット・トロール(Internet troll)と言います。僕の発言などがネットで炎上した際、イギリス人などと話していると、「ああ、それはインターネット・トロールだから気にするなよ」と言われる。

トロールとは、妖怪、クリーチャー、つまり特殊な少数者ということです。でも、日本ではそういう人のことを「ネット民」と言ったりします。ネットにいる人たち。民衆。つまり、特殊じゃないし、少数だという意識もあまりないんです

佐藤 個人に対する誹謗中傷、罵詈雑言があふれているネットを見ると、ネットが世界に開かれているといった意識がまるでないのだなと思わざるをえません。つまりそこでも「社会」というものが欠落しているんじゃないか。

鴻上氏による「世間」と「社会」の定義

・「世間」…「現在及び将来、自分に関係がある人たちだけで形成される世界のこと」
例)会社、学校、隣近所

・「社会」…「現在または将来においてまったく自分と関係のない人たちで形成された世界」
例)同じ電車に乗り合わせた人、すれ違っただけの人、映画館で隣に座った人
佐藤氏による「世間」と「社会」の定義

・「世間」…「日本人が集団となったときに発生する力学」

・「社会」…「ばらばらの個人から成り立っていて、個人の結びつきが法律で定められているような人間関係」

例えば、2016年の熊本地震の際、ネットで「不謹慎狩り」が起き、笑顔の写真をインスタグラムにアップしたタレントが「不謹慎だ」と批判されました。またタレントの紗栄子さんが、熊本県に500万円ほど義援金を出したことを公表したところ、「偽善と売名のにおいがする」などと中傷されました。ネットが「世間」をより濃密なものにしてしまったようにも思います。