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左派ポピュリズムが日本で望まれ、「反緊縮」を装う新維新が躍進?

反緊縮左派が試されるとき(3)
2012年の安倍政権の登場は、トランプ政権成立に先駆けた、日本における右派ポピュリズムの始まりだったと、経済学者・松尾匡氏は主張します。今回は、安倍政権の成立から維新の会、れいわ新選組の登場に至るまで、日本における左右ポピュリズム勢力の動向を振り返ってみましょう。

第1回:私利私欲を度外視した公共的理性が、唯一無二の生命を犠牲にする
第2回:新自由主義による悲惨な現実を解決できるのは、左派ポピュリズムです

痛みしかなかった

さて日本でも他の先進国同様、冷戦後、社会の新自由主義的な作り変えがエリートのコンセンサスになりました。

「高度経済成長向きの戦後体制が行き詰まって生産性が上がらなくなって、既得権者たちに食い物にされている。国の借金が持続不可能」等々と言って、規制緩和民営化や、「スリム化」「無駄の削減」と称した行財政改革が、自民でも非自民でもどの系統の政権下でも変わらず、大なり小なり推し進められました。

マスコミも、政治スタンスのいかんにかかわらず同じことを提唱していました。小泉フィーバー、橋下フィーバーというのは、そうした煽りの行き着くところだったと思います。

「構造改革」を推し進めた小泉純一郎元首相(photo by gettyimages)

かくして、福祉や教育やいろいろな公的なサービスの削減が進められて自己負担が高くなっていきました。

財政緊縮で景気が悪くなって、就職難や倒産やリストラで大量の失業者が生まれ、雇用流動化政策で生み出された不安定低賃金の非正規雇用になんとかありつければラッキーという具合になってしまいました。

でもそんなことが、日本経済の体質を作り変えて財政危機を解決するために必要なのだと言って、「痛みに耐えろ」と押し付けられたのです。痛みしかなかったのがその結果でした。

 

「既得権層」を攻撃した結果…

70年代ぐらいまでは多くの人が、業界団体や労働組合や町内会などのチャンネルを通じて、政治に暮らしの困りごとや要望を伝え、ある程度のコントロール感を持てていたと思います。

ところがその後、こうした伝統的なチャンネルではカバーできない人の数が膨大に増えていった結果、多くの人はコントロール感を失い、かろうじて残る旧来のチャンネルにアクセスできる人たちを「既得権層」とみなして攻撃するということになったのだと思います。

ところがこうして「既得権層」を攻撃してチャンネルを壊した結果は、誰もが政治に対する日常的コントロールを失い、ただエリートの決めたことを押し付けられるだけになってしまったのです

そしてそのうち、庶民とはかけ離れた本当の既得権層が新たに発生して利権を貪る事態になっても、民衆はそれをただすことができなくなってしまったわけです。

だからこそ、民主党政権ができても何も変わらなかった。結局は、政財官学マスコミのトップエリートのコンセンサスの幅の中でしか動けなかったのですから。