令和の天皇陛下が126代天皇として皇位継承をしてから1年3ヵ月。天皇皇后両陛下のお人柄は、私たちを魅了してきた。雅子さまについては、漫画家で小説家の折原みとさんが多くの資料を読み、「漫画家が見た雅子妃」という連載でバッシングも含めて詳しく伝えてきた。メディアとしても、国民としても、雅子さまを苦しめてしまったバッシングからも目を背けず、同じようなことを繰り返さないことが大切だと感じさせられる。

前回の記事では、雅子さまが女性として真に独立し、自立し、優秀な女性だったからこそ、雅子さまの苦悩を広げてしまった一面もあることを時代を含めて検証した。

今回は雅子さまを苦しめた一因とも思われる「お世継ぎ問題」について、当時の写真とともにお伝えしたい。

33歳と29歳での結婚

折原さんの連載第3回では「漫画家も思わず涙…雅子さまを苦しめた『国家的マタハラ』」第4回では「不妊治療に流産も…漫画家も絶句した、雅子妃出産までの『いばらの道』」と題し、雅子さまがお世継ぎ問題で苦しみ、その後愛子さまを出産するまでをお伝えした。詳細はこちらの記事に譲るとして、改めてその時代のことを振り返ってみよう。

全8回にわたって連載された

当時の皇太子殿下と雅子さまとのご成婚の儀が執り行われたのは1993年6月9日のこと。皇太子殿下が33歳、雅子さま29歳だった。ご成婚パレードでの、ティアラを纏い、輝くばかりに美しい姿を記憶にとどめている人も多いことだろう。ハーバード卒の外交官というキャリアを持つ皇太子妃は、ご成婚から1月後の東京サミットでも通訳を介さずに各国の首脳と会談。新しい皇室外交の希望の星としても注目された。

1993年6月9日のご成婚パレード Photo/JMPA
1993年7月8日、東京サミット参加各国首脳夫妻歓迎の宮中晩餐会にて。当時の米国クリントン大統領の姿も見える。雅子さまはグリーンのイブニングドレス姿で参列、見事な皇室外交を見せた Photo/JMPA

しかし一方で、ご成婚の年齢も含め、一日も早いお世継ぎをという声もあがっていた。今から考えれば29歳での結婚は決して遅くはないが、美智子さまも紀子さまもともに25歳で第一子を出産していたのだ。その期待は全国的に広がった。翌年の1月19日、ご婚約より1周年の会見が雅子さまの発熱のため延期と発表されたときに「すわご懐妊では」とマスコミも色めき立ったほどだ。それを受けて皇太子殿下が同年2月の誕生日会見のときに「あまり周囲で波風が立ちすぎると、コウノトリのご機嫌を損ねるのではないかと思います」とやんわり釘を刺している。それでも、お世継ぎ報道はおさまらなかった。

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