8月17日 気象学者・岡田武松誕生(1874年)

科学 今日はこんな日

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"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1874年のこの日、中央気象台第4代台長を務めた気象学者の岡田武松(おかだ・たけまつ、1874-1956)が千葉県で誕生しました。

 

1899年に東京帝国大学理科大学物理学科を卒業した彼はすぐに中央気象台へと入りました。1904年に予報課長に昇進すると、1920年に神戸の海洋気象台台長を経て1923年から第4代中央気象台台長となるなどトントン拍子に出世を重ねました。

岡田武松(おかだ・たけまつ)

彼が予報課長であった際には富士山をはじめとする各地に山頂観測所を設置し、長期予報の実用化に尽力したほか、各国に先駆けて海上の気象電報の交換をはじめるなど行政的にも優れた手腕を発揮していました。

台長在任時には地震観測所の整備や航空気象や海洋観察法の確立など気象学の普及に努めたことでも知られています。

明治38年に日本海海戦が起こった際には中央気象台台長として海上の気象予報を担当し、有名な「天気晴朗ナルモ浪高カルベシ」という予報を行いました。

この予報は当時連合艦隊の参謀を務めていた秋山真之(あきやま・さねゆき)によって電報として打たれ、現在に知られるものとなります。

第一次世界大戦後、岡田は東大教授として後進育成にも尽力しました。彼の著書である『近世気象学』や『雨』は現在でも気象学の古典として知られています。

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