8月15日 フランスの物理学者ド・ブロイ誕生(1892年)

科学 今日はこんな日

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"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1892年の今日、フランスの物理学者で、1929年のノーベル物理学賞を受賞したルイ・ド・ブロイ(1892-1987)が誕生しました。

ルイ・ド・ブロイ Photo by Public Commons

彼は名門貴族の家の末っ子として生まれており、本名をルイ=ヴィクトル・ピエール・レーモン(Louis-Victor Pierre Raymond)といいました。ルイ14世によって授爵されたブロイ家の七代目にあたることから、ド・ブロイ(de Brogile)と呼ばれています。

恵まれた生い立ちの彼は不自由のない幼少時代を過ごし、パリ大学の一部にあたるソルボンヌ大学に進学しました。学士課程においては、中世史を主要な研究テーマとしながら、法律や外国語を学んでいたようです。

そんな彼にとっての転機が1911年に訪れます。この年、「放射の理論と量子」と題して第一回ソルベー会議が開催されました。主催者は、ベルギーの化学者エルンスト・ソルべー(Ernest Solvay)です。炭酸ナトリウムの工業的製法を開発して富を得た彼が、物理学の未解決問題について討議するために優秀な学者を呼び寄せたのです。

エルンスト・ソルべー Photo by flickr

この会議録の出版を、ド・ブロイの兄で弟と同じく物理学者のモーリス(Maurice、1875-1960)が担当していました。その原稿を読んだことがきっかけで、ド・ブロイは強く物理学を志すようになったのです。

ド・ブロイはその後、光が常に最短経路を通ることと、力学において「作用量」と呼ばれる量が常に最小であることに類似点を見出し、力学と光学の統合を目指します。1913年からは兵役による6年間の研究中断がありましたが、彼は兄の研究室に通うなどして研究を再開することができました。

 

そして、1922年から翌年にかけ、光量子を含む粒子の質量を振動数を用いて表現し、さらに粒子には波動的性質があることを提唱する内容の論文を次々に発表しました。それまで、波として考えられていた光が粒子の性質を持つのではないかという議論は盛んでしたが、逆についてはほとんど検討されていなかったのです。

その内容は当時の科学界にとって衝撃的で、ド・ブロイの論文を一笑に付す科学者もいたようです。しかし、彼の理論はアインシュタインなどから支持を得て、1927年には実験によって正しさが証明されました。

こういった功績から、ド・ブロイは1929年にノーベル物理学賞を授与されています。その後彼は、長い間アンリ・ポアンカレ研究所の教授を務めました。彼はその名声にもかかわらず、謙虚な性格で評判だったようです。1962年に退官したのちも穏やかな研究の日々を送り、1987年に95歳の大往生を遂げています。