8月10日 イギリスの物理学者H・モーズリー戦死(1915年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1915年のこの日、イギリスの物理学者ヘンリー・モーズリー(Henry Moseley、1887-1915)が従軍先のトルコで戦死しました。

 

27歳でした。

ヘンリー・モーズリーの肖像 Photo by Getty Images

オックスフォード大学教授の家に生まれたモーズリーは、早くから将来を期待された秀才でした。陽子の発見でノーベル物理学賞を受賞したアーネスト・ラザフォードのもとで研究を続けて3年目、彼は早くも大きな発見をします。

モーズリーは、原子から放出される特性X線の波長の逆数について平方根を取ると、それが原子核の電荷(すなわち原子番号)の大きさに比例することを見出したのです。この事実は「モーズリーの法則」と名付けられ、史上初の人工元素・テクネチウムといった新元素の発見に役立つこととなりました。

若くして重要な発見を成し遂げ、ゆくゆくはノーベル賞も確実と言われていたモーズリーを悲劇が襲います。彼は第一次大戦の渦中にある祖国・イギリスのために出征することを決め、イギリスが属する三国協商と戦争をしていたトルコの激戦地・ガリポリ半島で命を落としたのです。

彼の悲劇的な戦死は、同時代の科学者たちに大きな衝撃をあたえることとなりました。

戦争は誰にとっても悲劇だ Photo by Getty Images