2020.08.20
# DNA・RNA

ノーベル賞最有力候補「ゲノム編集」が本命とは言えない理由

受賞を遠ざけている2つの問題とは
山本 卓 プロフィール

後世代への十分な検証が必要

2つ目の問題は、ヒト受精卵でのゲノム編集の抱える問題である。

ヒトの体は体細胞と生殖細胞に大きく分けられる。体細胞は一世代で終わるが、生殖細胞は次の世代に遺伝情報を受け継ぐ。生殖細胞(精子や卵)や受精卵の改変が後世代へどのような影響を与える可能性があるのか、十分な考察と検証が必要である。そのため受精卵のゲノム編集による臨床治療については、技術的な安全性と倫理問題を解決するまでするべきではない。

国際的には2015年のヒトゲノム編集サミットでヒト受精卵でのゲノム編集は、基礎研究や疾患治療のためのヒトの発生研究に止め、臨床応用するべきではないことが提言されている。

【イラスト】後世への影響は?生殖細胞や受精卵の改変が後世代へどのような影響を与える可能性があるのか、十分な考察と検証が必要だ illustration by gettyimages

しかし2018年、中国でヒトエイズウイルス(HIV)に感染しないヒトを作るため、ヒト受精卵でのゲノム編集によって双子の女の子(ゲノム編集ベビー)を誕生させるという大事件が起きた(当該研究者は既に中国政府から実刑判決を受けている)。前述の安全性と倫理面の問題を解決することなくゲノム編集ベビーを誕生させ、世界中を驚かせたことは記憶に新しい。

「ノーベル賞受賞は安全」という錯覚

この事件は、クリスパー・キャス9が優れた技術である反面、使い方を誤ると取り返しのつかない問題を起こすことを示している。

研究者は、将来に向けて、ゲノム編集の安全性を高める技術開発を進めると共に、ゲノム編集の影響を評価する技術やゲノム編集が遺伝性疾患の治療や生殖補助医療に役立つ技術の開発を加速させているが、いまだ道半ばである。

しかしゲノム編集にノーベル賞が与えられると、様々な問題を解決する前に既に安全な技術であるとの錯覚が生じるのではないであろうか。このような誤解を生じる可能性が、ノーベル賞を遠ざけているもう1つの理由かもしれない。

ノーベル賞受賞によって、様々な問題があるにもかかわらず安全な技術だという誤解が生じる可能性も illsutration by gettyimages

『ゲノム編集とはなにか』(講談社ブルーバックス)
――「DNAのハサミ」クリスパーで生命科学はどう変わるのか

【書影】ゲノム編集とはなにか

生物のもつ全ての遺伝情報であるゲノムを正確に書き換える技術は、ヒトを含む全ての生物で使うことができることから、研究の世界、産業界、医療の世界を大きく変えようとしている。これだけ影響力のあるバイオテクノロジーはこれまで例がなく、まさに、SF映画で見ていた世界が、ゲノム編集で現実となる可能性もでてきた。

本書では、ゲノム編集とはどんな技術なのか、既存の遺伝子組換え技術とはどんな違いがあるのかを紐解き、応用分野でどのようなことが可能であるか、具体例をあげながら解説していく。

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