「ついしたくなる」で人の行動を変える『仕掛学』の奥深き世界とは?

きっかけはAIにはできない「気づき」
リケラボ プロフィール

研究者として何を残せるのか

──そもそもどうして仕掛学の研究に取り組まれたのですか。

松村 最初にお話したように当初は人工知能の研究に取り組んでいたのですが、この分野にはいくらでも研究者が集まっています。研究者として生きる以上は何かオリジナリティのある成果を残したい、それなら誰も取り組んでいないテーマを取り上げるべきだと考えたのです。自分の存在価値をアピールできる研究分野は、どこなのか。AI関連がデータに縛られる領域だったので、それとは違う分野を求めてフィールドに出るようになり、それが仕掛けにつながっています。

──研究とは「巨人の肩の上に乗ることだ」とよくいわれますが。

松村 アイザック・ニュートンの言葉ですね。先人たちの優れた研究をベースにし、その上に自分の新たな知見を付け加えていく。そのやり方はよくわかります。だから私はあえて乗らないよう意識したのです。正確には、巨人たちのいないところを探したというべきでしょう。今にして思えば、かなり無謀な挑戦だったのかもしれませんが。

──その結果が新しい学問領域の確立につながったのですね。

松村 人工知能のようなホットトピックだったら、早いもの勝ちの世界になっています。しかも、みんなが集まっているから、自分がやらなくても誰かが研究を進めてくれる。そうではなく誰も考えもしなかった領域で、新たな道を切り開けば何らかの価値が生まれるのではないか。そう考えた結果が仕掛学として結実しました。

──最初に取り組んだフィールドマイニングと仕掛学の違いはどこにあるのでしょうか。

松村 フィールドマイニングに取り組んだ当初は、フィールドにセンサーを設置し、何かデータを取れないかなどとも考えていました。けれども、それだと一体どれぐらいセンサーを置けば、必要なデータを取れるかがわかりません。試行錯誤しながら考えているときに出会ったのが、動物園の筒だったのです。あの筒によりデータなどなくても「気づき」があればよいのだと気づいた。この体験は衝撃的でした。

このような気づきはAIにはおそらくできないでしょう。対象とする課題が閉じた世界の中にあるのなら、いかようにでもデータを取れるし、データさえあればAIを活用して分析できます。ところが、現実世界はデータ化などされていないため、AIで解析するのは不可能だと思います。

博士取得過程の経験の価値

──研究者にとって重要な心がけがあれば教えてください。

松村 私のように自分で新たな研究領域を立ち上げる研究者は例外的だと思いますが、自分なりにいつも心がけているのが、短期的な視点と長期的な視点の組み合わせです。研究者を見渡してみると、ずっと第一線で活躍されている先生ほど研究テーマをどんどん変えています。

──それは社会の変化に対応して、ということですか。

松村 いや、対応しているのではなくて、常に先を予測して先手を打っているのでしょう。変化が現実のものとなってから対応しているようでは、後手に回ることになりますから。その意味で研究者には長期的な視点が必要であり、同時に現実的なアウトプットも常に出し続けなければなりません。未来への投資と直近での成果、このポートフォリオを自分なりに組み立てる必要があります。

私もいずれは仕掛学一本に絞ろうとは考えていましたが、そのためにも短期的な業績を出すよう心がけていました。もちろん現時点で「仕掛学会」のような組織をつくろうとまで考えているわけではありません。ただ『仕掛学』の認知を高めるため、国際学会や研究会などを含めて論文は多数発表してきました。

──博士人材の能力をどう評価されますか。

松村 多くの人が大学教員を志望して博士の道に進みますが、それはどちらかといえば狭き道であり、他にも選択肢はいろいろあります。では、どんなオプションがあるかといえば、今のところ明確なルートがあるわけではない。ただ、博士を取得する過程で培った能力は、例えばベンチャー起業などに活かせるのではないでしょうか。一度博士号を取れば、特定領域でドクター並みの知識を得るのに必要な時間がわかるはずです。この感覚は起業家には欠かせない力となるでしょう。

──自分の能力の伸ばし方を知っていて、必要な時間も読めるわけですね。

松村 特定領域でどれぐらいがんばれば、どのレベルまで自分が到達できるかを自覚できるのは、並外れた能力といえます。このように先を読める力は、もちろん起業以外にも活かせるでしょう。私としてはドクターを取得し起業する学生と出会うことがあれば、ぜひ応援したいですね。

大阪大学 大学院経済学研究科 経営学系専攻 教授
松村真宏(まつむら・なおひろ)


1998年大阪大学基礎工学部システム工学科卒業、2000年大阪大学基礎工学研究科修了、2003年東京大学工学系研究科修了、博士(工学)。2003年より東京大学大学院情報理工学系研究科学術研究支援員、2004年より大阪大学講師、2004年イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校客員研究員、2007年より大阪大学准教授、2012〜2013年スタンフォード大学客員研究員、2017年より現職。著書に『仕掛学―人を動かすアイデアのつくり方』『人を動かす「仕掛け」』『毎日がたのしくなる!まほうのしかけ しかけは世界を変える』『人文・社会科学のためのテキストマイニング』など。

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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