「ついしたくなる」で人の行動を変える『仕掛学』の奥深き世界とは?

きっかけはAIにはできない「気づき」
リケラボ プロフィール

──仕掛けはいくつかの学問に関連領域が広がっていそうですが。

松村 部分的にはデザイン分野や心理学、経済学などとも関わりがあります。ただ、いずれも仕掛けをトータルに捉えているわけではありません。仕掛けは、あくまでも現場で考えるべき対象です。仮に穴があればのぞくかどうかを、実験室で調べてみてもおもしろくないじゃないですか。あの筒の穴は、動物園という文脈の中で意味を持つと思うのです。因果関係を見極めるためには、関係のない要因をすべて削ぎ落としていきますが、それだと仕掛けの本質を見失うおそれがあります。

──とはいえ要素還元主義は、科学の基本姿勢のひとつですよね。

松村 自然科学の研究手法は、確かに要素還元主義に基づいています。事象の本質を突き止めて因果関係を抽出するために、不要な要素を極力取り除いて実験する。けれども現実世界には、さまざまな要素が複合されて初めて何らかのメッセージを発信するケースも多々あります。むしろ、そちらのほうが人間が生きている世界の本質に近いのではないでしょうか。だから、従来の研究アプローチとは異なる体系、人工知能学会のなかでも新しい学問領域として仕掛学を提唱し論文を発表しました。

──仕掛学の研究は徹底した現場主義ということでしょうか。

松村 同じ仕掛けでも場所や状況が変われば、当然その反応も変わってきます。だから実験室ではなく現場にこだわります。仕掛学は組み合わせの妙がポイントですから。どんな仕掛けにせよ、必ず現場に設置し行動観察して検証するのが、私の研究スタンスです。特定の文脈の中でないと意味をなさないような行動の理解が重要です。

AIとの相補的な関係を意識する

──これまでの仕掛けで最も印象に残っているものは何でしょう。

松村 効果が大きかった仕掛けは、動物園の入口に仕掛けた「勇気の口」ですね。これは相当にリアクションがよかった。何しろ見た目はすこし怖そうなライオンの彫像があり、その口が開いているわけです。だから、みんな恐る恐る近づいてくる。彫像の前でしばしためらった末に、思い切って口の中に手を入れると消毒液が手にかかる。そこでびっくりするんだけれど、その後は手がきれいになったと喜んでくれる。

──喜ぶ姿が目に浮かぶようです。

松村 まさに見ていて楽しくなるようなリアクションを多くの人が取ってくれました。手を消毒するという有意義な行動をして、しかもみんなが笑顔になってくれている。理想的な仕掛けだと思います。元ネタは映画『ローマの休日』に出てくる「真実の口」です。単にテーブルの上にアルコール消毒液ホルダーを置いただけの場合、手を消毒した人が45人だったのに対して、仕掛けを設置した後は215人が手を消毒してくれました。手を入れて驚いて喜ぶ人の姿が、周りの人の興味を引き出して、自分もやってみようと連鎖反応が起きたのです。

動物園の入口に仕掛けられた「勇気の口」。勇気を出して、ライオンの口の中に手を入れると消毒液が吹き出して、手をきれいにしてくれる。

──仕掛学の研究では数式化などは考えられないのでしょうか。

松村 確かに経済学の領域では数式化がよく行われます。仕掛学についても条件付き確率の一種と捉えられないこともないので、やろうと思えば数式化はできるでしょう。けれども、そうした数式化を行って誰に何をアピールしたいのか。私がアピールしたい対象は研究者ではなく、一般の人です。数式化するよりも、仕掛けのおもしろさや有用性などを、多くの人に知ってもらいたいですね。

──最近はさまざまな領域でAI活用が進んでいますが、仕掛けの開発にもAIを使えるのでは?

松村 AIに関しては常に相補的な関係を意識しています。つまりAIができることには、手を出さないようにしています。AIの可能性は高く評価しますが、AIを活用するには膨大なデータが必要で、そのためのコストを覚悟しなければなりません。逆に考えれば、儲かる分野でなければAIは参入していないのではないでしょうか。その点、私が取り組んでいる仕掛けの領域は、コストをかけなくてもできることがたくさんあります。

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