「今の日本経済は底を打った」
7月15日の金融政策決定会合後の黒田東彦日本銀行総裁の発言に、「あれっ?」と思った人は多いだろう。コロナ禍の影響が拭えぬなか、一般の人々は、なかなか景気回復の実感を得られていない。統計的な観点から見たとき、今回の発言に妥当性はあったのだろうか。
結論からいえば、この発言は「形式的には正しい」のである。だが、世間一般の感覚とは、かなりズレているだろう。
一般の人は、景気を感じるとき、統計数字ではなく、「いい時」との差を肌感覚で測る部分が大きい。ビジネスでも、好調だった時の売上高や利益額と現在のそれとを比較することが多いはずだ。ただし、「好調」というのは人それぞれの感覚で、千差万別だ。
一方、政府関係者は、常に統計数字を参照して話を進める。黒田総裁が、「底を打った」というのは、「国内総生産(GDP)で見ると、4-6月期が底であり、7-9月期はそれより伸びる見込みですよ」という意味だ。
これは、よく考えれば当たり前のことだ。4-6月期のGDPは、コロナ禍の影響で1-3月期と比較して、マイナス23%程度(年率換算)と大幅に減少すると見込まれている。
4-6月期のGDPは百数十兆円ほどになると予想されており、「戦後最悪の水準」ではない。しかし、1-3月期からの伸び率「マイナス20%程度」というのは、おそらく戦後最悪の数字になるだろう。これは、日本に限らず、世界各国とも似たような状況だ。
過去に例のないほど落ちた後は、少し上がるのが普通だ。株式相場の用語としても、英語で「デッド・キャット・バウンス」というのがある。あえて直訳すると、「死んだ猫でも地面に叩きつけられると、少しくらいは跳ねる」といったところだろうか。あまり上品な表現ではないが、言い得て妙なところがある。
問題は、この「デッド・キャット・バウンス」の後で、景気がどうなるのかだ。政府は4月ごろ、「V字回復する」と言っていた。それが正しいなら、7-9月期の前期比伸び率は大きく、10-12月期の前期比伸び率も大きくなるはずだ。
本当にそうなるのか。筆者は、かなり厳しいと考えている。コロナ禍の影響は予想以上に大きく、従来の対面重視の消費行動が、根本的に変わってしまったからだ。
となると、今の状況では、「V字回復」はちょっと期待できない。大方のエコノミストの予想は、日本のGDPは、小さな「デッド・キャット・バウンス」を経た後、横ばいに推移するというものだ。この状況は、数学のルート記号をひっくり返した形状、いわゆる「逆ルート型回復」などと呼ばれている。
この「逆ルート型回復」では、7-9月期の前期比伸び率はプラスだがそれほど大きくなく、10-12月期の前期比伸び率はほぼゼロに近いものとなるだろう。
結局、黒田総裁の「今の日本経済が底を打った」という言葉は、「デッド・キャット・バウンス」を言ったにすぎない。その後に待っているのは「逆ルート型回復」だろうから、一般人の思う「底打ち」は、当分先のことになるだろう。
『週刊現代』2020年8月1日号より