「黒人は何を歌ってきたのか」が差別的質問になりうるワケ

「黒人の歌」のイメージからの脱却
ウェルズ 恵子 プロフィール

黒人の活躍の場は制限されていた

すこし視点を変えてみよう。

あなたがアメリカ通でないとして、「アメリカ合衆国の著名な黒人を、即座に5人挙げてください」と言われたら、誰になるだろう? さて、「その5人から、俳優、ミュージシャンとアスリートを除いてください」と言われたら、何人が残りますか?

芸能や音楽、運動分野での活躍を除いて、日本で広く知られるアメリカ黒人は、決して数が多くない。オバマ元大統領は例外中の例外。公民権運動やキング牧師が日本のマスコミに大きく登場した1960年代以前に時代を限り、さらに、第二次世界大戦より前の人物では?と尋ねれば、ミュージシャンやアスリートの割合はもっと高くなるはずだ。

特に20世紀前半までのアメリカ合衆国では、政治や司法、ビジネスといった社会の中枢に関わる分野での黒人の活躍が厳しく制限されていた。

良質な教育と就職の機会が実質的に奪われているとか、優れた仕事をしても正当に評価されないとか、キャリアを伸ばすための経済的余裕を持ちにくい制度になっているなど、様々な社会的、制度的制約によって、黒人の能力が潰されやすい仕組みがあり、その状況が今も解消されていない。

BLMの抗議運動で強く指摘されている、黒人に対する警察暴力と刑務所への大量収監などは、その顕著な例である。

 

黒人音楽が隠れていた時代

では、19世紀の黒人と音楽を振り返ろう。

活動の自由を極端に制限されていた黒人たちにとって、音楽は比較的成功しやすい分野だった。このことは奴隷制の時代からあてはまる。

身体壮健ばかりではなく歌や演奏に優れていることは、奴隷の付加価値とみなされた。奴隷にされた人々が求められて歌ったり演奏したりしたのは、白人家庭で楽しまれた流行歌や子供の歌、行進曲などだ。

また、礼拝が人種分離されていたとはいえ、キリスト教の讃美歌も歌った。ヨーロッパの伝統にのっとったこうした音楽演奏や歌には市場価値があったといえる。

それに対して、白人社会が関心を払わなかったのが黒人民謡、すなわち、黒人たち自身の生活に密着した歌である。それは、アフリカの歌謡伝統と黒人の英語、労働の実情、歌い手の心象風景や信仰などを反映した歌群だ。

現在のアメリカ合衆国北東部にアフリカから黒人が奴隷として連れてこられた17世紀から南北戦争のあった19世紀半ばまで、アメリカの黒人がどんな歌をうたっていたかは極めて記録に乏しく、まだ研究途上である。

関連記事