The Fisk Jubilee Singers

「黒人は何を歌ってきたのか」が差別的質問になりうるワケ

「黒人の歌」のイメージからの脱却

「黒人は何を歌ってきたのか」は差別的?

Black Lives Matterをスローガンにした人種差別抗議運動が世界に広まる中で、ラップのメッセージ発信力に新鮮な印象を受けた人が多い。

ノリのいいリズムにのせて機関銃のように言葉を突っ込むなんて、この人たちは、今までどんな歌をうたってここへ辿り着いたのか、と思う人は多いはずだ。

だがその前に、「黒人は何を歌ってきたのか」という質問は、差別発言になりうる可能性を大いに含んでいる。それは、一体なぜか。まずは、その意識共有をみなさんと。

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この問いは、無意識にせよ、黒人の歌を一直線で単純なものとイメージしたときに出てくるものだろう。

たとえば、「日本人は何を歌ってきたのか」と尋ねられたら、日本で生まれ育った読者は、即座に答えられるだろうか? 日本の歌謡は、「何を?」と聞かれて「これ」といえるほど単純ではない。

黒人たちの歌も同じく複雑だし、歴史もある。それなのに、黒人の歌に関してなら簡単な答えがあるような気がして尋ねてしまう。 “簡単な答えがあるような気がする”のは、なぜか。

その理由は多分、 “黒人は〈差別への抵抗の歌〉とか〈悲しみの歌〉をうたってきた”といったような答えが、質問する側に想定されているからだ。

つまり質問者は、 “黒人は差別の犠牲者だ”という固定観念にとらわれていて、その視点からしか黒人を見ていない可能性がある。

黒人が人種差別の犠牲になってきたことは事実だが、この人々も我々と同じように複雑で多様であり、その音楽文化も然り、と想像した上で問いを投げかけたい。