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コロナに覆われた2020年、根深すぎる「政治と文化」の関係を考える

この時代にアーティストとして存在する意味

COVID-19の感染拡大と共に、さまざまなイシューで政治と音楽の関係が大きな焦点を集めた2020年。そんな中、東京発の3人組ヒップホップユニットDos Monosは、極めて知性的、批評的、かつ撹乱的なスタイルで思考を深め表現をしているグループだ。

5月には台湾のIT担当大臣オードリー・タンとのコラボレーション楽曲「Civil Rap Song ft. Audrey Tang」を発表。6月に発表された「Fable Now」や、先日リリースされたアルバム「Dos Siki」も大きな評判を集めている。

Dos Monosの荘子it・TaiTan・没、そしてコンテンツレーベル黒鳥社の若林恵とのインタビュー対話。後編では日本の政治と文化の関係について、アートの持ちうる可能性について語り合った。

Dos Monos(左からTaiTan、荘子it、没)

2020年の政治と文化の関係

――2020年は、COVID-19の感染が広がったことで、政治と文化、政治と音楽の関係性が大きく変わった1年と言えると思います。それこそ星野源の「うちで踊ろう」に安倍首相が乗っかったことや、検察庁法改正案をきっかけに巻き起こったハッシュタグ・アクティビズムの動きに多くのミュージシャンが関わったこともありました。そうした中で、みなさんは、ここ数ヶ月の政治と文化の関係って、どんなふうに捉えていましたか?

荘子it ふたつのことを言うと、ひとつには、単純にアーティストがSNSをやり過ぎて、SNSの設計に従って動かされるように、半ば自動的に空虚な発言をせざるを得ないという、すごいアホらしい話があると思います。目に見えてこの世界が変わっているように見える状況は、そこから生まれてきた誤解も大きいと思う。ただ、このインタビューを受ける前にもTaiTanと話したんだけど、TaiTanは、そういう批判意識もわかるけど、イデオロギーの問題以上に経済的な格差が浮き彫りになってきていると言っていて。立場によって選び取れないものもあるわけじゃないですか。それがコロナ以降の状況で表面化しているとも捉えられる。例えば僕はトラックメイカーの仕事をしているけれど、現場のDJだけで稼いでいる人とは、ほとんど同じ職種に見えて、実は経済的な状況の変化の程度が全然違う。だから、発言の深さやもっともらしさはとりあえず置いといて、態度を明確にしないといけない人もいる。その両方が真実だと思いますね。その上で、前者の認知レベルの混乱と、後者のような混乱した現実の実情を混同してはいけない、とは思います。

TaiTan 今回起こっているのはイデオロギーの対立ではないと思うんです。まさに経済格差である。たとえば僕はリーマン業をやっていたりするから収入も安定していたし、実家暮らしのやつもいるし、ぶっちゃけDos Monosの3人にそこまで困窮しているやつはいないはずなんですよ。そういう立場の人間と、補償を求めて「Save Our Space」に名前を連ねて、国会に通って行政にアプローチしている人間とでは、言えることも、見えている世界のリアリティもまったく違う。荘子itが言っているのは、そんなのは承知の上で、みんながリベラル口調になって、アーティストもそっち側に染まっていって、逆の全体主義みたいなことになっているということで。そこに対してチャチャを入れるのがアーティストの仕事だろう、と。それはまあそうだなと基本的に思うんですけれど、僕はどうしても経済の文脈抜きに語る意見は懐疑的に見てしまうところがある。

荘子it ある意味、俺が積極的にリベラルに理解を示し、普遍的な市民の理想を共有する方向に行ったところで、それにたいした価値はないと正直思うんです。それは、俺が言うべきことじゃないという、単にそれだけの話。それって、多くのことに当てはまると思うんです。ブラック・ライブズ・マターにしても、フェミニズムにしても、いろんな補助金要請のデモにしろ、実際に当事者のアイデンティティの問題としてぶち当たっている人と、市民の抽象的な理想のシティズンシップとしてそれを共有している人とでは立場が違うわけじゃないですか。TaiTanは「イデオロギーの対立はない」って言ったんだけど、でもアイデンティティの違いって必ずあるわけで。元を正せばそこから本当の意味でイデオロギーの対立も生まれてくる。それを消去した上に成り立っている空虚な発言には何の実行力もない可能性があるぞ、というくらいのことは言っておこうという感じです。

若林 そこは難しいところだよね。スポーツ選手でもアーティストでもこういうときには「市民だから言う権利はある」と言うわけで、それはその通りなんだけれど、音楽やアートは違う回路からの物言いであるからこそ社会にとって意義があるという側面も大きい。それを言わずに「市民だから」という話になると、いろんな業界の優先順位の競争に自ら入っていくことになってしまう。だから、本当は、音楽家であるというアイデンティティを持って市民社会に参加するというのがどういうことなのかを言わなきゃいけない。

 

荘子it 今回の「Civil Rap Song」のリリックの中で《芸術立国論》ってワードを入れているんですけれど、そういうことにも通じることで。

若林 ドイツのメルケル首相が文化芸術は社会のインフラだと言ったのも、そういうことが真意なんじゃないかと思ったりもするね。