photo by Gettyimages

日本の対コロナ構想力の貧困は「公」なきメディア・文学に原因がある

政治も官僚機構も茫然とし続ける中で

「独自で多様な文化とメディアが」

新型コロナウイルスの感染が世界で拡大し、社会が機能不全に陥る中、国の在り方を考えるヒントになる言葉に出会った。

ドイツのグリュッタース文化大臣がアーティストやクリエーターへの支援措置を発表するときの理由として述べた言葉だ。

「ほんの少し前まで想像だにしなかったこの歴史的状況において、われわれの民主主義社会は独自で多様な文化および(独自で多様な)メディア界を必要としている。クリエイティブな人びとのクリエイティブな勇気が危機を乗り越える力になる。われわれの未来のためによいものを創造するあらゆる機会をつかむべきだ。アーティストは不可欠な存在であるだけでなく、いままさに生命維持に必要な存在なのだ」。

この「独自で多様なメディア」がポイントである。組織防衛のために自らを縛るからだ。

モニカ・グリュッタース ドイツ文化メディア担当国務大臣(連邦首相府HPより)

日本の場合、メディアは「会社メディア」で、「サラリーマンメディア」である。官僚機構と構造が同じで、「独自で多様」ではない。

一方、ドイツの文化大臣が言っていることは、クリエイティブな人々は生命維持装置である、ということだ。行政機構はもちろんアフターコロナ対策の仕事を行うわけだが、ヴィジョンを作るのは、「独自で多様な文化とメディア界」なのである、と彼女は考えているのである。

 

クリエーターとは、アーティストであったり、作家であったり、フリーランサーであったり、デザイナーであったり、そういう人たちが、アフターコロナの世界の構想を作らなければならない。官僚機構が、アフターコロナの構想を作るわけではない。
ところが、少なくともドイツとは異なり、日本ではそうなっていない。