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なぜ世界中で中国との対決が起きるのか、そのシンプルな理由

民主主義vs共産主義の衝突の行方

奴隷制度と共産主義

最近、「黒人の命は大切だ」と叫ぶBLM運動が米国内で爆発的に広がった。その運動が過激化していることの問題点は、6月30日の記事「日本人にはわからない『米国暴動・現代の魔女狩り』の予感」で述べた。白人警官の命も黒人容疑者と同じく大事だ。もちろん、日本人を含むすべての有色人種の命も尊重されるべきだ。

また、その暴力的行動の背景には、アンティファを始めとする、7月1日の記事「日本でも再び『共産主義テロ』は起こるか?」のような勢力の存在が見え隠れし、暴力テロの再現も予想される。

しかしながら、共和党から初めて選出された大統領であるエイブラハム・リンカーンが1863年に「奴隷解放宣言」を行うまで、「公式に」奴隷制度が認められていたのは紛れもない事実である。

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もちろん、私は「奴隷制度」には絶対反対であるが、歴史上の出来事を現代の倫理観で断罪するのもおかしいと思う。例えばマケドニアのアレクサンダー大王は、現代的感覚で言えば「殺戮を繰り返して他国の領土を奪う帝国主義者かつヒットラー以上の独裁者」だが、誰もそんなことは言わない。

実際、江戸開府以来1867年に大政奉還するまでの日本は、身分制度によって支配されていた。現実にはほとんど行われずに実行者は厳しい非難を浴びたが、武士が家来、使用人、農民、町人などを切り殺しても罪に問われない「切り捨て御免」=「無礼討」という制度も存在したのである。

 

別に、現代においてそのような奴隷制度や身分制度を肯定しようというわけではない。全く逆だ、我々が日常的に受け入れている当たり前のことの中に、将来の人々から見て、奴隷制度や身分制度と同じように「許しがたいもの」が存在するということである。

その未来の人々が許しがたいと感じるだろうシステムが、共産主義である。