「加害者性」という新しい生きづらさ

Sさんが心を病むまで自分を責めてしまったのは、おそらく、姉に性暴力を働いた憎き親戚と同じ構造の何かが男性である自分の中にも宿っていると感じたからではないか。あれだけ嫌悪していた親戚と同じようなことをしてしまった。そういう気持ちが激しい自責の念につながっていったのではないかと、私には思えてならない。

Sさんたちが抱いている「加害者性」を、新しい「男の生きづらさ」と言っていいのかはわからないが、今後ますます男性たちの間に広まっていく問題ではないかと思っている。

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痴漢やセクハラ、ドメスティックバイオレンスや殺人など、 暴力の絡む問題で加害者になるのは圧倒的に男性が多いし、男女の賃金格差や企業における役員の男女比率など、労働面において男性側に有利な構造も確実に存在している。 日本にはこれまで女性の総理大臣はひとりもいないし、バラエティ番組などでは旧態依然としたジェンダーロールが再生産されているし、医大の入試で長年にわたって女子差別が行われていた問題も記憶に新しい。

男性たちがジェンダーの問題に意識的になり、これまで気づかなかった性差別の構造に目を向けたり、男性が履かされている「下駄」や自らの踏んでしまっている足について自覚したりすることは、絶対に必要なことだ。ただ、そのプロセスで発生し得る「加害者性」にまつわる悩みや苦しみをどう考えればいいのかに関して、私はまだ明確な答えを持ち合わせていない。

男性性の問題と向き合うほど加害者性に悩まされる一方、向き合わなければその苦しみを味わうことすらないかもしれないというジレンマもあり、ますますわからなくなる。しかし、それでもやはりSさんは「考えすぎ」などでは絶対にないはずだ。彼が声をしぼり出すようにして聞かせてくれたエピソードは、男性性のこれからを考える上で重要なヒントとなるだろう。