19人を殺害する前に植松聖は「宇宙から来た」と言った…一体なぜか

相模原障害者殺傷事件が僕たちに突きつけたもの【第6回】
森 達也 プロフィール

マスコミが加害者を調べない理由

「マスコミはほとんど来ない。来てもまったく熱心じゃない。関心が希薄だ。例えば宮崎は、ビデオをあれだけ集めてたじゃん。だから僕は地元のビデオ屋さんを一軒ずつ訪ねて、挨拶しながら『マスコミにさんざん聞かれているからもううんざりしていると思いますが』って言うと、『いや、誰も来てません、お宅が初めてですよ』との返答が返ってくる。宮崎が通っていた学校にも行ったけれど、マスコミからはほとんど取材されていないって教師が言っていた」

「そういえば僕も、麻原とは何者かをテーマに『A3』の取材を始めて複数のキーパーソンに接触したとき、もちろんメディアから取材は何度も受けていると思っていたら、あなたが初めてですよ、とよく言われた」

そもそもあれほどに社会全体がオウムで過熱しながら、麻原をテーマにした書籍はとても少ない。出しても売れない。そんな編集者の言葉を聞いた記憶がある。

「つまり加害者を調べない。なぜなら社会が加害者に興味を持たないから。いやもちろん、これほどに異常だとかこれほどに残虐だなどの情報には反応するよ。でもそれ以上に、なぜ彼や彼女はこんな犯罪を起こしたのか、そこに今の社会状況の何が呼応したのか、そんな興味や関心が湧いてこない。むしろ嫌悪や憎悪が先走る。

地下鉄サリン事件の被害者は、たまたまその時間にその地下鉄に乗っていた。つまり偶然に選ばれている。宮崎勤事件の被害者も、たまたま宮崎の視界に入った4歳と5歳と6歳の女の子。被害者から学ぶことは、……それはもちろんいろんな意味で、学べることはいっぱいありますよ。だけど事件の骨格について、あるいはこの事件と社会とのかかわりや内実を知ろうと思ったら、加害者について僕たちはもっと知らないといけない。植松の法廷だってもっと丁寧にやれば、もっともっと精神鑑定を徹底すれば、それまで不可視にしていた社会の断面が見えてくるかもしれない。でもメディアはその方向に動かない。だって社会が関心を持たないのだから。

精神科医たちも、自分たちの努力が報われないと知っているから本気で鑑定しない。結果として動機や背景も調べずに、1人殺したから有期刑、あるいは殺したのは2人だけど悪質だから死刑、3人殺したから問答無用で死刑、ならば裁判なんて要らないじゃん。裁判が儀式になっている。儀式が言い過ぎなら統計学かな」

 

しばらく間が空いた。このときの自分の本音を書けば、いつもはとてもジェントルで冷静な吉岡の強い口調と言葉に、僕は少しだけたじろいでいたと思う。でも思いは同じ。一ミリも誤差はない。

「……少し言い過ぎたかな」と吉岡がつぶやいた。

「僕も同じことを思っています」と僕は答えた。

「まああとは任せるよ。うまくまとめてください」

「ゲラはチェックしますよね」

そう訊いた僕に、「どっちでもいいよ」と吉岡は即答した。

(つづく)