19人を殺害する前に植松聖は「宇宙から来た」と言った…一体なぜか

相模原障害者殺傷事件が僕たちに突きつけたもの【第6回】
森 達也 プロフィール

ちなみに植松が衆院議長公邸を訪ねたのは、事件から5ヵ月ほどさかのぼる2月14日。黒いスーツで赤いネクタイを着用していた(ドナルド・トランプをイメージしていたらしい)。午後3時25分に正門脇のインターフォンを押し、公邸職員に「大島議長に手紙を渡してほしい」と伝えた。担当者が不在であるとの理由で受け取りを拒まれたが、植松はその場から立ち去ろうとはせず、通報された警視庁麹町署の警察官から職務質問を受けている。

翌15日の月曜日は雨だった。午前10時20分に再び公邸を訪ねた植松は、正門前に座り込み、ずぶ濡れになりながら職員に向かって土下座をくりかえした。比喩ではなく本当の土下座だ。見かねた職員が郵送を勧めても、直接渡すと主張して応じようとはしない。とにかく手渡しにこだわった。二時間後に仕方なく手紙を受け取った職員に、びしょ濡れのまま植松は「ありがとうございます」と礼を言い、ようやくその場を立ち去っている。

「病的な異常さはうかがわれず…」

多くのメディアが報じたように、イルミナティカードに植松は傾倒していた。最初にこの聞きなれないカードの名称をニュースで聞いたとき、カバラとかタロットカードの一種だろうかと僕は考えていた。でもイルミナティカードには、カバラやタロットのような歴史や伝統はない。1982年にアメリカのゲーム会社であるスティーブ・ジャクソン・ゲームズが考案したカードゲームだ。スペースインベーダーのほうが5年早く、スーパーマリオとはほぼ同世代。イルミナティの語源は、1776年に創設された秘密結社の名前から由来している。ネットで検索すれば知ることができる世界の陰謀史観のパッチワーク。言い換えればその程度のゲームなのだ。でも植松は熱中した。

ルールは複雑だ。というかどうでもいい。以下は神奈川新聞の記事だ。

 植松に自身を「選ばれし者」と曲解させ、襲撃を決意させたカードの数字がある。「13013」だ。
 「13」「0」「13」と分割すると、「B」「O」「B」と読み取れる。イラストのパイプをくわえた男が「BOB(ボブ)」。「伝説の指導者」という設定だ。
 植松はこの5桁を逆さから「3」「10」「31」と切り取り、「31」は加算して「4」と解読。語呂合わせで「さ」「と」「し」、つまり「聖(さとし)」に結びつけ、自らをボブと重ね合わせた。事件半年ほど前から、「自分は救世主」「革命を起こす」と周囲に触れ回り始める。

引用はここまで。率直に書けばここまでを読むだけで辟易する。このレベルで襲撃を決意できるのか。もしそれが事実なら(もちろん要素のひとつなのだろうが)、そのレベルの精神状態について、僕たちはどのように査定すべきなのか。

 

そもそも衆院議長に手紙を渡そうとしたことについても裁判所は、

「その内容が被告人の望む社会の実現、世界平和等を訴えるものであり、政治に関係する事項といえるので、不自然ではない」

と断言し、さらに手紙を受け取ってもらうために土下座までしていたことについても、

「本件手紙を受け取ってもらうためにやや異常ともいえる言動を見せた」

と認めながら、粗暴な言動がなかったことや手紙を受け取ってもらったらすぐに立ち去ったことなどを理由に、

「被告人の上記言動は、やや過剰な面があるとはいえ、本件手紙を受け取ってもらうための通常の行動として理解できる範囲内のものといえる。したがって本件手紙を差し出したことに関し、病的な異常さはうかがわれず、能動性が逸脱した状態ではなかったものと認められる」

と結論づけている。

不自然ではない。
理解できる範囲内。
病的な異常さはうかがわれず。

……判決文で何度もくりかえされるこうした記述を読みながら、本気ですかと言いたくなる。植松にではなく青沼裁判長に対して。