〔PHOTO〕Gettyimages

植松死刑囚が私に語った「自分は〈役に立つ人間〉ではありませんでした」の意味

相模原事件から4年が経った

2018年7月、私は、初めて「植松君」と面会しました。面会室に現れた彼は礼儀正しい青年でした。犯行当時の映像とは随分印象が違うなと思いました。

しかし、彼の主張そのものは、犯行当時と何ら変わっていませんでした。彼は私にこう言いました。

「移動と排泄と食事が出来なくなったらもはや人間ではありません。殺すべきです。そのような教育を小さいころからするべきです」

面会の終盤、「つまり、あなたは『役に立たない人は殺せ』と言いたいのですか」と私が尋ねると、彼は「その通りです」と即答しました。さらに、「あなたは事件の直前、役に立つ人間でしたか」と尋ねると、今度は少し躊躇した様子で「自分はあまり役に立つ人間ではありませんでした」と彼は答えました。

こう語るのは、奥田知志さん(57歳)。NPO法人「抱樸(ほうぼく)」を運営し、路上生活者の支援に当たっている。奥田さんは、神奈川県相模原市の障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で19人を殺害した植松聖死刑囚と面会をし、その後も事件の意味について考え続けている。2016年7月26日に事件が起きてから4年。ノンフィクション作家の中原一歩氏が奥田さんに話を聞いた。

奥田知志さん〔PHOTO〕Yokoyama Jun
 

事件の前からあった「いのちの分断線」

――「自分はあまり役に立つ人間ではありませんでした」という言葉に、奥田さんは、今回の事件の本質を見たとおしゃっています。

多くの人が「生きる意味のないいのち」という言葉に怯えながら生きているということです。その点で植松君も私も「時代の子」なのだと思いました。今回の事件は、植松という青年が「生きる意味のあるいのち」と「無いいのち」の分断線を身勝手に引いたと言われますが、実はその分断線は事件前から存在していました。彼は、その線上を怯えながらよろよろ生きてきた。そして、彼だけではない多くの私達、つまり「時代の子」は、すべてこの分断線を歩かされているということに気がつかされました。