無職のどん底から「V字回復」…!吉祥寺発の時計ブランド社長の復活劇

「つなぐ時計」の逆転ストーリー
金田 信一郎 プロフィール

■13:45 吉祥寺駅公園口

駅の南改札を出て、エスカレーターで地上に降りていくと、一一月の太陽がビルの谷間から差し込んでくる。駅前の細い道は多くの人が行き交い、その人波をかきわけるようにバスが次々と通り抜けていく。

――これほど混み合う街だったろうか。

遠藤弘満は遠い記憶を辿る。高校時代、仲間たちとの集合場所は決まって吉祥寺だった。何をするでもなく、毎日のように集まっていた。

遠藤は中学までサッカーで鳴らしたが、強豪校への推薦を交通事故でふいにして、失意に暮れていた時期でもあった。後遺症はなかったが、スポーツの道は諦めた。だから、小柄ながら頑強な体を持て余していたのかもしれない。いつも駅の階段に座って、仲間が揃うのを待っていた。

あの頃は、よくこの街を、あてもなく歩き回っていた。

それからというもの、吉祥寺に来た記憶はない。およそ20年ぶりということになるのだろうか。

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井ノ頭通りに抜ける細い道は、さらに人の密度が高くなり、ラッシュ時の駅ホームのように、すれ違うことすら容易でない。その先にある井ノ頭通りを渡る信号が赤に変わると、人が詰まって身動きがとれなくなった。目の前を、クルマとバスが連なるように通り過ぎていく。

車道も歩道も、これほどごった返すとは、かつての都市設計者は、予想だにしなかっただろう。

それにしても、懐かしい風景だ。

「ねえ、たまには外に出ないと、体に悪いよ」

会社を追われてから1カ月、行く場所もなく八王子の自宅で過ごしていた。妻は思ったことをはっきり言うタイプで、無職になった夫にも余計な気遣いなどはしない。よく晴れたこの日、リビングが光に包まれる中、妻が誘い出してくれなかったら、吉祥寺に来ることはなかっただろう。