「もう無理、死にたい」…ALS患者嘱託殺人事件に医師が思うこと

安楽死をめぐる論点とは?
美馬 達哉 プロフィール

福祉と予防の問題として考える

こうした事件に関する報道を繰り返したり、目立たせたり、手法に関する詳細な報道を行ったり、センセーショナルな画像を用いたりすることは、模倣による自殺を増やすため、行うべきではない。

逆に、「死にたい」と考えたことのある人が生活上の困難や苦労をどうやって乗り越えたか、どこに連絡すれば支援が得られるかについての建設的な情報提供は、自殺防止に有効である。

さらに、自殺に向けてのリスクがとくに高くなるのは、報道と自分の境遇を重ねてしまう人びとの場合であることが知られている。

日本ALS協会は「患者が安心して療養できる医療・福祉の確立」と「病気の原因究明・治療法の確立」を中心に据えて活動をしている。

その意味で、全身の麻痺で人工呼吸器を付けているALS者の方々、たとえば参議院議員の船後靖彦氏や私も何度かお会いした日本ALS協会の増田英明氏が、生きることを重視していち早く発言されたのは、第二第三の死を予防する上で重要なことと思われる。

もちろん、安楽死という問題に関してさまざまな視点から議論を積み重ねることは将来的には重要だが、メディアで話題にすることで同じような難病に苦しむ人びとを死に追いやらないよう留意することの方が第一だ。

いまこの時に、医師介助自殺としての安楽死を中立的に議論しようとすることは、それ自体が病者・障害者への暴力であり得る。

健康な人の場合は自殺防止のための啓発や努力が重要としながら、病者・障害者の場合は「死ぬ権利」の問題として考えるとすれば、差別的な二重基準ではないか。

 

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なお、新型コロナウイルス感染症と関連して、ALSなど難病者でのトリアージ(患者の選別)をここでも論じたことがある(参照「コロナパニックの中、日本で「人工呼吸器」が話題になった理由」)。

トリアージに関してよりくわしくは、ALSでご家族を看取った経験のある川口有美子氏との対談「トリアージが引く分割線 コロナ時代の医療と介護」が、現代思想2020年8月号「特集 コロナと暮らし」に掲載されている。

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