「もう無理、死にたい」…ALS患者嘱託殺人事件に医師が思うこと

安楽死をめぐる論点とは?
美馬 達哉 プロフィール

医師介助自殺と医療化

医療社会学では、死の医療化という議論がある。

これは、近代社会では、死という人間のライフサイクルでの自然現象が医療の管轄範囲になっていることを批判的に指摘する言葉だ。

近代人である私たちは、なんらかの病気による死や殺人や事故死を認定する医師の死亡診断書無しに、ただ死ぬことは許されない(ちょっと窮屈な)社会に生きている。

そうした視点から、倫理学者の松田純は、いま世界的に議論されている安楽死を、死のなかでも自殺まで医療化された状況ではないかと指摘している(『安楽死・尊厳死の現在 最終段階の医療と自己決定』中公新書)。

 

今回の京都での嘱託殺人事件が、どれほど「医療化」されたものかは定かではないが、薬物が使われたことから見て医師が関与した可能性は高いようだ。

容疑者の一人が『扱いに困った高齢者を「枯らす」技術:誰も教えなかった、病院での枯らし方』などと書いていることからみて、ナチスドイツばりのもっと野蛮な安楽死だった可能性もある。

ただし、容疑者はさておくとして、亡くなられた方が一時的に真摯に自殺を考えていたことは確かのようだ。

そして、この事件に自殺に近い要素があるとすれば、自殺を予防するという責任を持ってメディアが論じる場合にはどうすべきか、客観的な研究結果を元にはっきりわかっている(参照「WHO 自殺予防 メディア関係者のための手引き」)。