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【平成芸能史プレイバック】芸能人の夢あふれる結婚、そして夢破れた離婚劇

「45歳差婚」の強すぎるインパクト

平成の時代、芸能界でもいろんなビッグカップルが生まれては、さまざまなビッグカップルが破局を迎えた。そのなかには世の男たちに夢を与えてくれた結婚もあれば、ちょっぴり微妙な結婚も……。また、男たちの夢を見事打ち砕いた離婚もあった。さっそく今日も、これらのいくつかを思いつくかぎり振り返ってみよう。

「日本三大ハンサム」の一人でも聖子ちゃんの奔放さには勝てなかった?

まず、「平成最大の別れ」と呼んでも過言ではないのが、松田聖子と神田正輝の離婚である。1980年、『裸足の季節』でデビュー。この年、引退した山口百恵に取って代わらんとばかりに彗星のごとく現れた松田聖子は『青い珊瑚礁』『赤いスイートピー』……ほか、次々とヒットを飛ばし、「国民的アイドル歌手」の道をまっしぐら。

恋愛に関してもなかなかのヤリ手で、1985年(昭和60年)には、当時の恋人・郷ひろみとの破局を単独の記者会見にて発表。「生まれ変わったら一緒になろうねと誓い合った」と泣きながら語る一幕もあった。

写真/講談社写真資料室
 

ところが、その会見のわずか数ヶ月後、映画『カリブ・愛のシンフォニー』で共演した神田正輝との婚約を発表。そのド派手な結婚式は芸能ニュースを大いに賑わせた。
そのころはすでに大学4年生だか新社会人だかだった筆者としては、

「ああ、聖子ちゃんクラスだと、神田正輝レベルのハンサムでちょうどお似合いなんだろうな…」

……なんて風に、妙に納得したのを覚えている。また、なんの面識もない二人に、一人の“大人”として無責任なかたちではあれ、素直に祝福もできた。

しかし、1997年には離婚。今から考えると「12年も持ったんだ…」ということに少々の驚きは隠せないが、「ちょうどお似合い」で「妙に納得できた」夫婦の、まさかの破局に一抹の淋しさを感じたものであった。

ちなみに、筆者が「日本三大ハンサム」として淀みなく挙げたいのは、令和となった現在でも「草刈正雄・モックン・神田正輝」の三人だ。その一角を担う“大物”でさえ、自由奔放すぎる聖子ちゃんをつなぎ止めることはできなかった?