2018年8月、釜石復興スタジアムのこけら落としの試合でデビューした「大漁旗Tシャツ」

ラグビーの町釜石復興の思い込めた「大漁旗Tシャツ」感動の誕生秘話

W杯で世界に発信されたTシャツ

V7釜石ラグビーといえば、大漁旗

釜石シーウェイブスの試合を見に行った人なら、原色をふんだんにあしらったカラフルなTシャツを見た記憶があるだろう。

人呼んで「大漁旗Tシャツ」

 

かつて、新日鉄釜石ラグビー部が日本選手権7連覇を飾った頃、国立競技場のスタンドに翻った大漁旗が、今はTシャツとなって観客席を埋める。

ワールドカップの会場として建てられた釜石鵜住居復興スタジアムが開場した2018年8月19日、釜石シーウェイブスがヤマハ発動機に挑んだオープニングマッチ、ヤマハ発動機戦。日本代表がフィジーに快勝して、ワールドカップの8強入りへ弾みをつけた2019年7月27日のリポビタンDチャレンジ。澄んだ秋晴れのもとで行われた2019年9月25日のワールドカップ釜石初戦、ウルグアイ対フィジー。

2018年8月の釜石復興スタジアムのオープニングマッチ。スタンドには大漁旗Tシャツを着た大勢のファンが詰めかけた
日本代表が初めて釜石で戦ったフィジー戦。日本代表のレプリカジャージーとともに、この日も大漁旗Tシャツが(2019年7月) 
当連載前回登場の佐伯悠さんもワールドカップの日は富来旗Tシャツでスタジアムへ(2019年9月)

どの試合でも、スタンドには「大漁旗Tシャツ」が溢れた。試合会場だけではない。ワールドカップを前にした盛り上げイベント会場、ワールドカップ期間中の各地のファンゾーン、釜石とはなんの関係もないラグビー試合会場、さらにはラグビーとも関係ない町中へと、「大漁旗Tシャツ」は進出している。

大漁旗――それは、幸せの象徴だ。

魚を満載した漁船が港へ帰ってくる。携帯電話も船舶用の無線電話もなかった時代、帰ってくる船は、「大漁だぞ」の合図としてありったけの大漁旗を掲げた。

陸(おか)で待つ家族や魚市場で働くものたちは、大漁旗が見えた時点で、「それ!」とばかりに人を集め、船を迎える体勢を整える。魚は鮮度が命だ。船が着いたら大急ぎで水揚げにかかる。駆けつけてくれた助っ人には、収穫された魚が振る舞われた。

魚を満載して帰ってくる船は、港全体、地域全体に富を運んでくる存在だった。はためく大漁旗が、三陸沿岸の漁港では福来旗あるいは富来旗(ふらいき)とも呼ばれる理由が、そこにあった。

大漁の船はありったけの大漁旗を掲げて港へ凱旋する(曳舟祭で)【©菊地写真館】
同上

「大漁旗はもともと、新造船の進水式のときに、周りからお祝いとして贈られるものなんです」

そう話すのは、「大漁旗Tシャツ」――正式には「KAMAISHI大漁旗チャリティTシャツ」の企画制作を担当した藤原綾子だ。

生家は釜石市で漁業を営む「第十一福徳丸」の船主だ。綾子自身、子供の頃から何年かに一度、新造船の進水式を、船主の娘という立場で経験した。

ワールドカップのフィジー対ウルグアイ。藤原綾子(右)ももちろんスタジアムに駆けつけた

造船所にたくさんの人が集まる。新しい船が初めて海に入る特別な日。誰もが笑顔を浮かべている。ぴかぴかに輝く新しい船が、色とりどりのテープと、船の前途を祝して贈られたばかりの色鮮やかな大漁旗で飾りたてられ、太陽の光を受けて輝く。拍手と歓声の中、船が緩いスロープをゆっくりと進み、飛沫をあげて釜石湾に滑り込む――。

それは何度経験しても幸せで、誇らしい1日だった。新造船の進水式は、その船主家族だけでなく地域全体の祝祭だ。それは船が、船主だけでなく地域全体に富を運んでくるからだ。