地域交流、国際交流、
夏休みだからできたこと

夏休みは教員時代の僕にとっても貴重な時間でした。様々な学びを得た夏休みの中から、3つほど思い出を話させてください。

ひとつめは、三鷹市の小学校勤務の夏に、地元の農家の方々と行ったソフトボール大会です。いつも、大根、芋掘りなどで地元の農家にはお世話になっていました。学校と農家の方とゆっくり話せる機会がないかと考えていた時、思いついたのがソフトボール大会でした。学校の校庭で教師チームvs農家連合チームで試合をしました。
試合後はみんなで畑の一角でバーベキュー。農家の方々の思いを聞き、学校の現状も伝えられました。和気あいあい、とても楽しい時間でした。その試合を契機に、教師も畑に草刈りに行くようになったり、農家の方も学校の花壇の土を入れ替えてくれたり非常にいい関係になりました。これぞ、学校の地域密着です。

ふたつめは、2010年の小笠原時代。母島の小学校に勤務していた夏休み。僕は「ユネスコスクール」の一員として日韓教員国際交流に派遣されました。韓国のソウルから陸路、慶州、釜山と、日本全国から集まった教員と韓国の教員と渡る10日間でした。

ソウル市内の名門私学の高校にて学校を案内してくれた高校2年生と 写真提供/森田太郎

そのとき、僕は日本の学校を代表して、小笠原の食文化について発表しました。題して「ウミガメを食べる」。周囲から「センセーショナルすぎるのでは」と言われましたが、これが一番島の歴史と文化をストレートに伝えられると考えました。

そもそも、ウミガメを食す「カメ食」は欧米の文化でした。江戸時代にペリーを代表されるアメリカの黒船がやって来た動機は捕鯨基地の確保でもあったと言われていますが、その時、島に伝えられたのがカメ食です。当時は船旅で壊血病に罹る人が少なくありませんでした。ウミガメは長い船旅の中で貴重なビタミンが補給できる生肉を食べる機会を与えてくれたのです。ウミガメは捕獲して、船内の生簀で生かしておき、食べたいときに捌けばいいので、保存するにも非常に便利だったのです。

そのカメ食が小笠原に伝わったのです。しかし、小笠原の人々は、カメを食べることだけでなく、ウミガメの生体保護にも乗り出します。世界で初めてアオウミガメの人工繁殖に取り組み、増殖に成功。以降、日本最大のアオウミガメの繁殖地である小笠原諸島・父島と母島では、ウミガメの捕獲と保全を同時に行っています
食文化を保護するだけでなく、自然環境も保護する。捕獲は4、5月に限定し、漁協が決めた漁師しか捕獲できません。これこそ、サスティナビリティ。持続可能社会です。

実際ウミガメを料理しているところ 写真提供/森田太郎