黒人差別抗議デモで起きた「銅像狩り」が悲劇を掻き消してしまう可能性

ヴァンダリズムと歴史の拒絶
真鍋 厚 プロフィール

負の遺産をどう解決するか

2013年にカリブ海諸国(14ヵ国1地域)が植民地時代の先住民の虐殺や奴隷貿易について、旧宗主国のイギリス、オランダ、フランスなど欧州5ヵ国に公式の謝罪と補償を求める動きがありました。「奴隷制度下で資産を蓄積できなかったことによる経済的影響、奴隷が強いられた食生活のせいで糖尿病率が高まり、それが数世代続いている」からです(*7)。

また、同じ年には、イギリスの旧植民地であるケニアで起こった「マウマウ団の乱」という独立闘争(1952~61年)に参加した人々に行なわれた拷問などの人権侵害に対し、英政府は5000人の被害者に合計1990万ポンド(約30億円)を支払うと発表しました。これは2011年に拷問の詳細を記録した文書が発見されたことが決定打になりました(*8)。

このような膨大過ぎる負の遺産をどのように解決するかについては、現在もその補償などの実現可能性も含めた活発な議論が行われていますが、もちろん単なる政争の具にされるなど多様な要因によって現実的にはかなりの難題です(特に金銭的な解決の場合は天文学的な賠償金となることからナンセンスとの考えがあります)。けれども、核心にあるのはそのような当事者が存在していたことへの気付きに尽きます。

有形無形を問わず負の遺産を想起するシンボルを消し去ることはあまりにも簡単だからです。為政者にとってはそれで民衆の留飲が下がるであれば安いものです。負の遺産が今も"生きていること"を厳粛に受け止めた上で、それらの不条理に関する長大なリストを取りまとめ、和解や建設的なパートナーシップといった道筋を作ることのほうが遥かに困難な作業です。

完治には程遠い近代化の"後遺症"を直視することは決して被虐趣味ではありません。自分たちの現在地が暴力の産物でもあるという事実から、積極的に新しい価値や意味を作り出すことができる好機なのです。

 
*1 宮本正興・松田素二編『新書アフリカ史』講談社現代新書
*2 マシュー・ホワイト『殺戮の世界史 人類が犯した100の大罪』住友進訳、早川書房
*3 川北稔『世界システム論講義 ヨーロッパと近代世界』ちくま学芸文庫
*4 マーカス・レディカー『奴隷船の歴史』上野直子訳、みすず書房
*5 「大英帝国の暗い記憶、米抗議デモが呼び起こす」(2020年6月10日/WSJ)
*6 「英首相、歴史的人物の銅像擁護「過去を教えてくれる」 破壊行為相次ぐ」(2020年6月13日/AFP)
*7 「奴隷制の賠償金、カリブ14カ国が挑む計算の難しさ」(2013年10月28日/WSJ)
*8 「英、ケニア独立闘争の拷問被害者らに30億円支払いへ」(2013年6月7日/CNN)