黒人差別抗議デモで起きた「銅像狩り」が悲劇を掻き消してしまう可能性

ヴァンダリズムと歴史の拒絶
真鍋 厚 プロフィール

銅像を投棄しても「矛盾」は残る

6月7日にイギリスの港町で奴隷貿易商人の銅像が、デモ参加者らによって海中に投棄された事件は象徴的でした。これは、自分たちの社会の不本意な一面だけを外科手術のように切除してしまえば、ある種の「アイデンティティの分裂」を回避できるといった心理が垣間見えます。

なぜなら、自分たちが帰属する国家のルーツにある「途方もない悪夢」から素早く逃れようとすれば、まずその記憶を呼び覚ますシンボルを取り除くことが手っ取り早いからです。

〔PHOTO〕gettyimages

歴史学者のディーナ・ヒースの言「大英帝国時代がなければ、英国人のアイデンティティーはない」(*5)は、「途方もない悪夢」の行為主体であったことの拒絶反応の背景を的確に表わしています。

ここで「政治的な正しさ」(ポリティカル・コレクトネス)と「トラウマ的な傷跡の抹消」が不思議に一致してしまうのです。これは、今も継続している悲劇を素通りすることにもつながりかねません。景観から「矛盾を突き付ける」異物をなくしても、「矛盾」はそのままの形で残るからです。

 

米大統領のドナルド・トランプも、英首相のボリス・ジョンソンも、仏大統領のエマニュエル・マクロンも、このヴァンダリズム(文化破壊)に反対の立場を表面しています。

なかでもボリス・ジョンソンは、「これらの銅像は、すべての過ちを含めて過去を教えてくれる」「それらを取り壊すことは歴史を偽ることであり、次世代の教育の質を低下させることになる」などとその理由を明快に語ってみせました(*6)。

しかし、これは今回の狂騒が「銅像狩り」以上の社会運動に発展することを懸念しているとの見方もできます。興味深いことに米英仏の3ヵ国は、今も自治領と称される地域、つまり旧植民地を抱えているからです。これはいわば「パンドラの箱」なのです。

植民地主義と奴隷貿易の負の遺産と真正面から向き合うことは、銅像や記念碑、通りや建物の名称を次々と修正し、公教育のテキストに「自虐エピソード」を追加するのとは次元が異なります。国内だけの問題ではなくなり、国外へとその射程が広がっていくのです。