黒人差別抗議デモで起きた「銅像狩り」が悲劇を掻き消してしまう可能性

ヴァンダリズムと歴史の拒絶
真鍋 厚 プロフィール

わたしたちは加害者の子孫でありフリーライダー

歴史学者の川北稔は、社会学者のエマニュエル・ウォーラーステインの「世界システム論」に依拠しつつ、植民地からの土地や資源や人の大規模な収奪によって、現代では当たり前となっている西洋のライフスタイルが確立されたことを明らかにしています。

川北は、「『商業革命』は、イギリスの貿易の爆発的成長を意味したが、その実態は、主に奴隷制プランテーションで生産される『世界商品』となった植民地物産の、奔流のような輸入を原動力とするものであった」と指摘(*3)。

植民地と奴隷貿易を前提にした「奴隷制プランテーション」が、英国の工業化を展開させるための基盤になっただけでなく、「生活革命」というべきインパクトをもたらしたのです。いわばこの頃の「工業化」と「生活革命」は、今日どのような国にも見い出せる都市労働者を主体とする消費社会の先取りしたものです。

 

川北は、「そのような『生活革命』を推進するうえで、大きな役割を果たしたのが、コーヒー・ハウスであった」と述べます。

これは、17世紀の後半から18世紀にかけて、ロンドンをはじめとした英国の都市で大流行したもので、「ここを拠点として、近代文化の諸局面が展開した。コーヒー・ハウスなくして、近代世界の文化はありえなかったかもしれない」とまでいうべきものでした。なぜなら、そこは、多少の身分や経済力の違いを越えた「『自由』の雰囲気」がある「社交の場、情報センターであった」からです。「その結果、近代の文化といえるようなもののほとんどが、このコーヒー・ハウスから生まれることになったのである。コーヒー・ハウスやそこで提供された砂糖や紅茶やコーヒーは、いわば近代文化の誕生を助ける助産婦のような役割を果たした」のです(同上)。

そこから、現存する最古の科学学会の前身となる集まり(のちの王立協会)がスタートし、新聞や雑誌などのジャーナリズムや広告、証券会社や保険会社、さらには複数の政党が生まれ、文学や詩や批評などのカルチャーが育っていくのです。これこそが歴史の大いなる皮肉といえます。

つまり、想像を絶する規模の暴力と収奪によって、わたしたちが享受する近代社会の基礎ができたのです。この恐るべき二重性に引き裂かれる事実にこそ目を向ける必要があります。分かりやすく言い換えれば、わたしたちは多かれ少なかれ加害者の子孫でありながら、その果実を労せず得ているフリーライダーなのです。

いみじくも歴史家のマーカス・レディカーはこう述べています。「ヨーロッパの『商業革命』、つまりプランテーションと世界規模の帝国の建設、資本主義の発達、そして最終的な産業化、これらすべての誕生に大役を果たした奴隷船」「端的に言えば、奴隷船とその社会関係こそが、現代社会の礎を形成したというのに、その歴史の多くは知られざるままなのである」(*4)。