甲子園が日本人にとって「特別」なワケ…高校野球「青春」の黒い裏側

煽る新聞社と古臭い高野連が最大の黒幕
広尾 晃 プロフィール

高校野球は「特別」ではいけない

今回の新型コロナウイルス禍は、高校スポーツにも深刻な影響をもたらすだろう。
そもそも競技大会が万全の体制で開催できなければ、スポーツの存在意義はなくなる。また、日本経済全体がダメージを被る中で、金がかかる部活を子供にさせることができなくなる親も増えるだろう。

すでに高校野球は、競技人口の減少に直面している。2014年に17万312人だった部員数は2019年には14万3867人になった。今季は13万人台になりそうだ。現在は47都道府県で地方大会を行っているが、それも厳しくなるだろう。

こうした状況下、高校スポーツは一体となって次代の在り方を考える時代が来ている。練習環境や指導者、健康管理などを共有し、異なるスポーツの指導者が知恵を出し合って高校スポーツの存続を考えるべき時だ。

スポーツ庁は、各自治体レベルで開催が検討されている代替の地方大会に関し、開催支援予算8億円を計上した。高校野球と他のスポーツを分け隔てすることなく、補助金を出すという。

Photo by iStock
 

また、今回のインターハイ、甲子園の代替大会開催にあたっては、県教育委員会が高野連、高体連に話しかけて、共同開催にこぎつけた県もある。

高野連と高体連の垣根を取り払おうとする機運が高まっているのだ。

高校野球では「甲子園で勝つこと」が至上命題のように思われてきた。有力校の指導者もひたすらそれを求めてきた。そしてファンも「甲子園で流す汗と涙」を神聖なものとして賛美してきた。確かに中等学校野球、高校野球が絶大な人気を博したことで、野球は全国津々浦々に普及した。そういう意味では「特別」だといえる。

しかし、新型コロナ後の社会の変化を考えれば、高校野球はまず「教育の一環」としての姿を求めるべきだろう。

「甲子園、高校野球の神聖化」よりも、普通の高校生が、生涯にわたって野球を楽しめることを求めるべきだ。高校野球は、健康面、教育面にさらに配慮した「普通の高校部活」に戻るべきだと思う。その「進化」によって、「甲子園」の人気が衰えたとしても、筆者は構わないと考えている。

編集部からのお知らせ!

関連記事

ABJ mark

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標 (登録番号 第6091713号) です。 ABJマークについて、詳しくはこちらを御覧ください。https://aebs.or.jp/