家族のペット的存在

いったいどんな感じかというと、それは、もはやペットである。平均より体格が大きいのにも関わらず、「チビ」と呼ばれ、都合よく猫可愛がりされた。思春期以前は自らペットとしての自覚を持ち、ギスギスしているところに行って愛嬌を振りまき、和ませるという役割も担った。

両親にとって私はおまけみたいな子どもなので、私に対しても執着も関心もあまりない。他人様に迷惑をかけたり、死ななきゃオッケーなのだ。だからか、私自身も社会生活にこだわりや執着があまりない。

一般的に言われる『良い就職』や『幸せな結婚』という基準は、私の人生の決断において関係のないものであった。それが無鉄砲、かつ軽はずみに生きている所以な気がする。リードが外れたペットは自由に駆け出すまでだ。

兄姉たちはみんな公文に通ったり、日曜日になると教育熱心な父による自習教室が開かれたが、私はどちらにも参加しなかった。特に長男である兄は、父のその熱量を一心に受けていた。テストの点数が悪ければ、一大事といった形相で塾に行かされていた。進路や学校生活にまで口を挟まれていたように思う。幼いながらも大変そうだなぁと横目で見ていた。

片や、私の情報は耳にすら入っていないようだった。高3のある日、父がテレビでやっていたバドミントン世界大会の試合を見ながら、「お前もこれくらい速く打てるのか?」と、珍しくちょっと冷やかすように話しかけてきた。

私は真っ黒に日焼けし、日々かなり熱心に練習に打ち込んでいたテニス部員だった。それをずっとバドミントン部だと思っていたほど、父は私に無関心だったのだ。ましてや褒められた記憶は皆無だ。そのため、10代のころは「無関心」に対する反発もあったと思う。

テニス部に所属していた高校時代。写真提供/バービー