19歳でホテル開業、原点にアメリカ横断と「一流になれ」という親の教え

なぜ泊まるだけではないホテルを作ったのか
現代ビジネス編集部

――アメリカでの体験や大学入学後の挫折を経て、19歳で創業されました。メンバーから「行動力がすごい!」といったコメントが多く寄せられています。

龍崎:まずは親の教育に感謝しないといけません。うちの親は「一流になれ」とよく言っていました。ただ仕事をするのではなく、どうやって一流になれるのか、その道筋を考えることで自然と視野も広がっていくと思います。

――親は最初から協力的だったのでしょうか?

龍崎:私が10歳でホテルをつくりたいと言ったとき、父は面白いと言い、母は心配しました。教育関係者が多い家系だったので、当時は先生になることを勧められましたね。その後、大学1年生で現実に直面していたときと母が仕事を辞めた時期が重なり、一緒に起業することになりました。かれこれ10年くらいかけて説得できた形になりますね(笑)。

 

「ポジティブな予定不調和」とは?

――ここからは、いくつかのキーワードを軸に、龍崎さんの人生について掘り下げていきたいと思います。まず「渇き」という言葉について。

龍崎:これは、自分が欲しいものがないことへの枯渇感というか。8歳のときに経験したアメリカ横断ドライブでは、道を進み続けるのに飽きて、1日の目的地であるホテルを想像するのが楽しみでした。ただ、どのホテルも部屋のドアを開けた先の景色が様変わりせず、子どもながらに不満を持ったんです。自分が求めているものが世界にはなくて、結果として、自分でホテルをつくる選択肢をとりました。

――次のキーワードは「空気感を織り込んだホテル」です。

龍崎:自分たちがつくりたいのは、20代の女性でもラフに払えるような金額(1~1.5万円)でありながら、ドラマチックな体験ができるホテルです。自分がほしかったドラマチックなホテルの要素の一つはローカル性です。京都であれば、赤い傘が挿さっているとか枯山水があるとかではなく、もう少し生活に寄りながら、京都の中でも東九条の空気感を取り込むことを考えました。