3歳女児放置死の悲劇… 「自己責任化」された施設出身者が味わう現実

この国には何重ものケアが不足している
安發 明子 プロフィール

以前も引用したが、パリ市児童保護セクションの責任者はこのように話す。

「子どもを守れば守るほど、将来、行動障害や精神的な医療が必要、住居や社会保障のお金が必要な大人を減らすことができる。教育を受けられケアされた子どもは、ケアを受けられなかったときより、よい社会の未来を作ることができるということを共通認識にする必要がある」

可愛がっていた我が子を放置死させてしまった母親も、ケアを受けることができていたら、母親も子どもも幸せになることができたはずだと思わざるを得ない。

(2)十分な道具を持って送り出されていない

3歳児放置死についても母親は居酒屋で働き、単身で保育園を利用せず子育てをしており頼る人もいなかった。

日本で母子家庭の貧困率は50%を超えているということをどれだけの中高生女子が認識した上でキャリアを考えているだろう。

社会的養護について「家庭の代替」という捉え方があることにより、本来一般の家庭よりもケアと教育を要する子どもであるにもかかわらず、十分な予算と人材が充てられていない。

自立支援についても強化されつつあるが、実際に半年に1回学校や親など関係者も招いて会議を開き、さらに子どもと振り返りをして次の半年の目標を立てるということが体系的におこなわれているとは限らないようである。

 

日本で施設出身者に、当時一緒に施設にいた仲間たちの現状を聞いても明るい話は多くない。

そもそも日本の仕組みでは社会的養護の子どもは長年の学業を要する医師や弁護士になる道が拓けていない。厚生労働省の資料によると 2018年の一般の大学進学率は52%であるのに対し施設では14%、一般の高卒者の就職率は18%であるのに対し施設では63%だ。大学院まで行った友人は700万円の奨学金貸与を受け、その返済のプレッシャーの中で生きている。学費が高いということで大きな不公平がある。

資格や学歴だけではない。私は生活保護の現場において十分な「道具」を持って社会に出られなかった場合の不利に何度も直面してきた。

コミュニケーション能力、トラブルを克服するスキル、自信、何かを成し遂げてきた経験、生きることについての肯定的な気持ち、幸せになると信じられる気持ちなどを得るためのチャンス。特に自信や自尊心があれば挑戦できるし、挫折しにくい。