冒頭で述べたシチュエーションに出てきた緑色のキャンディは、食べる前も食べている最中も抹茶味であることに変わりない。さらに、食べる人が抹茶好きであるという状態も変わっていない。それなのに、食べる前に抹茶味だと分かっている場合と分かっていない場合で、抹茶味のキャンディを食べた瞬間の評価が変わってしまうのは不思議だ。
人が味を判断するときには、2つのルートがあると考えられている。1つは、食べ物に含まれている風味物質による味覚や嗅覚への刺激などの、風味にかかわる刺激を組み合わせて「これは抹茶味だ」と判断する場合だ。これは「ボトムアップ方式」で味を判断するルートである。
もう1つは、見た目や食べ物の説明文などから頭の中で勝手に想像されるイメージが「抹茶味だ」と判断する場合である。これは「トップダウン方式」で味を判断するルートである。
私たちが抹茶味のものを抹茶味だと分かるときには、ボトムアップ方式とトップダウン方式の両方のルートを用いて判断している。たとえば、抹茶味なのに茶色い見た目だった場合、トップダウン方式による味の判断ができなくなる。すると、たとえ味覚や嗅覚で風味物質を検知したとしても、抹茶味だと判断するのが少し難しくなる。
なお、分かりやすいように抹茶味を挙げたが、これはすべての味について共通するメカニズムである。
トップダウン方式で味を判断するときの重要な刺激の一つが、情報である。簡単な例でいうと、「フランス産のバター」という言葉は、ただバターと言われるよりも、なんだか上質なバターであるような印象を受ける。「焼きたてパン」という言葉は、単にパンと言われるよりも、香ばしくておいしそうな印象を受ける。
ここでポイントとなるのが、食品の名称によって、「上質なバター」「香ばしくておいしそう」などのイメージや期待が発生している点だ。食べ物に付随する情報は、人々にイメージや期待をもたらし、おいしさ自体を変化させてしまう力を持つ。
2005年にアメリカ・イリノイ大学の学食で行われた研究を紹介しよう。この研究では、6週間の間、食堂の人気メニュー6種類について、通常の名称(たとえば「シーフードフィレ」や「ズッキーニクッキー」)と、魅力的な名称(たとえば「ジューシーなイタリアンシーフードフィレ」や「おばあちゃんのズッキーニクッキー」)のいずれかで販売し、実験参加者は食べた後にアンケートに記入するよう求められた。