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サイエンスライター、フェロモンを嗅ぐ。彼女に何が起きたのか?

人間のフェロモンの可能性を探る
「ほぼ全ての脊椎動物に共通するフェロモン受容体ファミリーに属する遺伝子を発見」

この驚くべき研究成果は進化発生生物学を専門とする二階堂雅人氏(東京工業大学)のグループによってもたらされた。では、果たして人間にもフェロモンが存在しているのだろうか。この疑問を解消すべく、二階堂氏と共同研究を行っている嗅覚生物学のパイオニア東原和成氏(東京大学)へインタビューを実施した。(インタビュー前編はこちら

「人間にもフェロモンはありますか?」

 

嗅覚研究のエキスパートである東原和成氏(東京大学)を前に、大胆な質問をしてしまったと、小さく後悔した。ところが、返ってきたのは意外な答えだった。定義的には「フェロモン」と呼べる物質が、人と人とのコミュニケーションに寄与している可能性があるというのだ。

ただし、昆虫のように異性の間ではたらく性フェロモンではない。

仮に人間のフェロモンと呼べるものが発見されたとしても、そのフェロモンの「意義」が重要だと東原氏は話す。ヒトの性フェロモンに意義がないとまでは言い切れないが、俗にいう媚薬のようなフェロモンがあったとして、たしかに異性を引き寄せるかもしれないが、その相手は選べない。

では、ヒトにおけるフェロモン・コミュニケーションの可能性はどこにあるのか。東原氏が注目しているのは、ある人たちが特別に出している「におい」だった。

写真1
写真1 東原和成(とうはら・かずしげ)氏。東京大学 応用生命化学専攻 生物化学研究室 教授。‘89年東京大学農学部農芸化学科卒業後、アメリカへ留学し化学分野で博士課程を修了。デューク大学医学部博士研究員、神戸大学バイオシグナル研究センター助手、東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻助教授などを経て、現職。研究室ホームページはこちら 。【筆者撮影】

フェロモンを嗅いでみたら……

前編の「「フェロモン」とは何か? 妖しげな「物質」の正体に迫る」では、フェロモンの定義は「ある動物個体が体の外に発し、同種の他個体に受容され、特定の反応を引き起こす物質」であること、そして、近年この定義から外れる新たな発見が相次いでいることを紹介した。

ヒトはというと、フェロモンの受容器官である鋤鼻器(じょびき)につながる神経系は胎児のうちに退化し、ほぼすべての脊椎動物に共通するフェロモン受容体ファミリー遺伝子(ancV1R)も偽遺伝子化していた。偽遺伝子化とは、遺伝子に変異が入って壊れていることを指す。名残はあっても、いまもヒトでフェロモンが機能していると考えるのは難しいかもしれない。

しかし、私たちも「におい」を嗅ぐことはできる。においの刺激は、鼻の奥の嗅上皮にある嗅覚受容細胞(嗅細胞)が受け取っている。ヒトの嗅上皮には約400種類の嗅細胞があり、その組み合わせによって1万種類ものにおいのパターンを嗅ぎ分けている。しかし、人間には感知できないものを含めると、におい物質は数十万種あると言われている。

では、フェロモンのにおいは嗅げるのだろうか?