五木寛之氏の警告「悲惨な戦争の記憶こそ『相続』しないといけない」

伝えきれない話がまだまだある
五木 寛之 プロフィール

ですから私は、日本軍兵士の記録を見るだけで、その悲惨さに、鳥肌がたつような嫌悪感を覚えずにはいられません。その点で、たとえば、『日本軍兵士』(吉田裕著/中公新書)などは、一人ひとりの兵士の現実に目を向けた名著だと思います。

戦中派の私は、語り継ぐべき記憶をたくさん持っています。日中戦争で中国に進出した日本軍が、食糧の補給を考えずに大陸への進軍を開始したことは、負の遺産といっていいでしょう。食糧や馬や牛を取り上げるという現地調達をすれば、現地の人びとの反発を買うに決まっている。いまふうに言えば、ロジェスティックの思想が相続されていなかったのです。

 

悲惨さの中でも、「ひめゆり部隊」のような話は美談として継承されています。しかし、満州の開拓団が集団自決を避けて生きて帰るために、「ソ連兵の性接待」に送られた女性たちの存在はほとんど伝わっていません。ひそひそ話として囁かれ、公にならなかっただけです。

彼女たちは、無垢な体と心を引き裂かれる辛い目にあったうえに、帰国後も心ない日本人のあいだで軽蔑の的にさえなったのです。

それもこれも、戦争が引き起こした悲劇として、その記憶が相続されるべきだと、私は思います。