五木寛之氏語る「お金や土地よりも大事な“相続”すべき財産がある」

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五木 寛之 プロフィール

魚の食べ方も相続

私は昔から魚の食べ方がとびきり下手でした。魚料理は好きなのですが、食べ終えた皿の上を見て、気恥かしい思いをするのが常だったのです。魚の残骸というか、骨や皮や頭や尻っぽがグチャグチャになって、見るに耐えない惨状を呈している。

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ところが、そのとき焼魚定食を食べ終えたあとの、若い女性編集者の皿の上を見てびっくりしてしまいました。

魚の骨が、まるで標本みたいに、じつに綺麗に皿の上に横たわっていたからです。最近、そんなふうに見事に、魚を食べる若者を見たことがありません。

私がまじまじと皿を眺めているのを見て、同席した男性編集者が、けげんな顔で「どうかしましたか」と聞きました。

「いや、彼女、すごいね。最近こんなに綺麗に焼き魚を食べる人は見たことがない」

「たしかに」

「きみの皿なんかひどいもんだ。遺跡を掘り返したみたいじゃないか」

「イツキさんだって爆弾が落ちたジャングルみたいです」

自分の皿が話題になって、照れくさそうにしている女性編集者が、笑いながらこう言いました。

「私の家では、母が魚の食べ方にうるさかったものですから。その母も、昔は祖母からいつも叱られていたそうです」

「なるほど」

祖母、母親、娘と、三代続いた魚の食べ方とあれば、見事なのも当然でしょう。ふとかたわらの若い男の編集者を見ると、箸を棒のようにワシづかみににぎって、ご飯をかきこんでいます。

 

そのときふと思ったのは、親や家から相続するのは、財産ばかりではないのだな、ということでした。土地や、株や、貯金などを、身内で相続するのは当然のことです。しかし、人が相続するのはモノだけではない。目には見えないたくさんのものを私たちは相続するのではないか。

魚の食べ方などは、その一つにすぎません。実際には驚くほど多くのものを、私たちは相続しているのかもしれません。自分が親や家から何を相続してきたのか。子どもたちや子ども世代に何を相続させるのか。それを改めてちがう角度から、見直したほうがいいと気づいたのです。

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