作家・なかにし礼の「自分の人生にもっとも影響を与えた本」10選

ゲーデ、ランボウ、ガルシア・マルケス…

人間性の深淵が描かれる

私の人生で深い影響を受けた作品を挙げます。

1位に挙げたゲーテの『ファウスト』は、中学生のときに読み始めました。老年を迎え、人生に不満を感じていたファウスト博士が、死後に魂を与えることを条件に「現世であらゆる快楽を体験する」という契約を悪魔と交わす。

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ファウストは、契約の力を使い、恋した女性を手に入れるためにその家族を殺したり、皇帝に取り入って莫大な富を手に入れたりと、悪と快楽の限りを満喫します。

ファウストの欲望は、いわば全人類に共通する欲望であり、本作が凄いのは、それをいかんなく追求していることです。

本作が発表されたのは19世紀の初めですが、当時は宗教の拘束も強く、幸福とは「神に救われる」ことだという認識が大勢でした。そのような中、個人としての欲望を、とことんまで追求するという着想は抜きんでていたのです。

ゲーテは第一部の執筆から第二部の完成まで、およそ30年の歳月をかけていますが、物語も非常に重層的で、それだけの重みのある作品だと思います。

カラマーゾフの兄弟』を読み始めたのも、大体同じ時期でした。私はドストエフスキーが好きで、すべての翻訳を持っています。『罪と罰』や『白痴』も好きですが、様々な要素を含んでいる『カラマーゾフ』がもっとも面白いですね。親殺しの問題や信仰の問題、男女の関係の機微など、広がりは大きい。