大相撲7月場所「有観客開催」は愚行か、英断か

コロナ感染の中心地東京でなぜ今なのか
西尾 克洋 プロフィール

唯一残された道

だが、そうだとしても、大相撲は本場所を開催しなければならないと個人的には思う。それは、コロナと共存しなければ大相撲自体が死に絶えるリスクがあるからだ。

ワクチンが出来るか感染が沈静化するまで待てれば良いが、今のところそれがいつになるかはまったく分からない。秋になれば更に流行するとさえ言われている。そんな中でコロナのリスクがゼロになるまで待ち続けるとしたら、どれだけ本場所と巡業を中止し続ければ良いのだろうか。

この未知の感染症を相手に国が有効な封じ込め策を取れないのは、彼らが無能だからではない。感染リスクの低下と経済の稼働を両立させる解決策が誰にも分からないだけの話である。

国の予算にも限界がある。国民一人に10万円配れば財政が逼迫するような状況で、経済活動を全て一定期間ストップさせて感染をリセットすることなど不可能なのだ。自粛と補償はセットと言うが、セットで補償を要求する限り自粛という選択肢を取り難いのが現実だろう。耳に心地よい政策は声高に吹聴することは出来ても、実現可能性は低いということを我々は知っておくべきだろう。

つまり、全てを国に依存する形でコロナを撲滅するという発想を捨て、ワクチンの完成もしくは感染の鎮静化という二つの解決シナリオが動くまで、出来る限り収入を得ていく道を、大相撲も模索すべきなのである。

とはいえクラウドファンディングや過去の取組などの映像コンテンツによる収入だけで凌ぐことは非現実的だ。タニマチの多くが姿を消し、ファンの高齢化が進む中では、一人に対して多額の支援を求めることも、デジタルコンテンツに期待することも難しいからである。

となると、唯一残された道が、本場所の開催なのだ。

大阪場所を見ての通り、感染予防をしながらの本場所開催は力士に多大な負荷を掛けることになる。目の前の力士との闘いもさることながら、コロナとの闘いにも意識を割かなければならない。普段と異なる環境の中で、精神的にも肉体的にも疲労することだろう。そもそも相撲部屋では既にクラスターが発生している経緯がある。

このような状況の中で、大相撲という日本古来の文化を守り、娯楽を提供し、そしてひりつくような勝負に身を投じる全ての力士と関係者を、私は尊敬する。もっと楽に、リスクのない方法で生きていく方法は無数にあるはずなのだ。

 

例えばリモートワークで出来る仕事に転職するという選択肢もあるはずだ。大相撲というのは、稼げるようで、実際には他のプロスポーツと比べるとそれほど優遇される立場でもない。このような、“損しかない状況”の中で人を動かすものは、「使命感」しかない。彼らが見せる相撲には、重い意味がある。

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