食用のチワワ、タコを恐れた西洋人……。多様な世界の食文化

文字世界で読む「食」の比較人類史
鈴木 董 プロフィール

グローバリゼーションで世界に広がった西洋料理

五大文字世界の西北端のラテン文字世界としての西欧世界は、ほぼ完全に麦食圏であ
る。

漢字世界の中国北部では蒸しパンともいうべき饅頭なのに対し、西欧ではかまどで焼いたパンを食する。そして、御馳走は肉である。西欧世界は、西ローマ帝国の衣鉢を継いだはずではあるが、その料理の伝統はむしろ素朴であった。

しかし、西欧「中世」末期からルネサンス期にかけて、まずイタリアで料理も菓子も洗練されてきた。

そして、16世紀半ば、メディチ家のカトリーヌ・ド・メディチがヴァロア朝のフランス王の許に嫁いだときに、コックやパティシエを伴い、フランス料理の基礎ができる。

17世紀後半ブルボン朝のルイ14世時代には、最先端の料理となり、その影響は西欧世界をこえて、キリスト教の東欧正教世界にも及ぶようになる。

さらには、19世紀に、グローバリゼーションの流れのなかで、非キリスト教の諸文化世界で「西洋化」による「近代化」の試みが進行し、文明の分野のみならず文化の分野で「西洋受容」もはじまり、「西洋料理」も流入していった。

西洋料理を変えた新大陸の食材

この西欧の料理について忘れてはならないのは、「大航海」時代以降、「新大陸」から新奇な食材、嗜好品が西欧にもたらされ、これを「旧世界」の諸社会に伝えたことである。

西欧自体の食文化のみならず全世界の食文化に大きな影響を与えたのである。タバコ、カカオ、唐辛子、ピーマン、トマト、そしてジャガイモやサツマイモ、さらには隠元豆も、もとはといえば「新大陸」産で、西欧人によって「大航海」時代以降、「旧世界」にもたらされた。

実際、イタリア書籍輸入業者にしてイタリア料理店としても名高い高田馬場の「文流」の店主であり、イタリア料理研究家でもある西村氏が、地中海学会の催しの一環
としてルネサンス・イタリア料理のディナーを供せられたとき列席したことがあるが、料理のほとんどすべてがベージュ色で一驚したことがあった。

彩り豊かなイメージのあるイタリア料理だが……(photo by iStock)

「舌」のグローバリゼーション

グローバリゼーションの波は、動物でもある人間の生存の根幹に関わる食の世界にも容赦なく訪れる。やはり食においても、すべての異文化世界に侵入したのは、文明の諸分野で圧倒的な比較優位を確立した西欧世界の食文化であった。

西欧世界の東隣・南隣にあって直接接するイスラム世界は、多宗教・多宗派・多言語・多民族の世界で、しかも、おおむね「開国」状態にあって西欧人が常時往来し、ラテン系の母語をもち、カトリックの東地中海の「ラテン人」の如く、イスラム世界内に定住化した人びとさえいた。

しかも、とりわけ非ムスリムの人びとのなかには西欧世界と往還する者もあった。それ故、外に対して閉鎖的であった漢字世界などとちがい、西欧の食文化は、少なくとも非ムスリムの世界の一部には未知のものではなかった。

しかし、中心をなすムスリムにとっては、イスラムの戒律シャリーアに基づく食のタブーもあり、西欧食は長らく縁遠いものであった。

18世紀に至っても、西欧へのオスマン帝国の使節団などは、主な食材は本国より持ち込み、宿舎では同伴してきたコックたちが、トルコ料理を作り供していた。