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山口百恵に“沼落ち”する若者続出のワケ…令和世代も虜にする「3つの魔力」

引退から40年、再び社会現象に
濱口 英樹 プロフィール

伝説の歌姫はいかにして生まれたか

1959年生まれの山口百恵は、オーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)でスカウトされ、73年5月に『としごろ』でデビュー。当時14歳の若さだった。

2ndシングル『青い果実』(73年)でブレイクしてからは“性典路線”でヒットを連発。74年には『ひと夏の経験』で『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす。

初期は「作詞:千家和也、作曲:都倉俊一」のコンビによる、いたいけな少女を主人公にした作品が多かった。

『青い果実』(73年)
 

しかし、「作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童」夫妻がメインライターとなった『横須賀ストーリー』(76年)以降は、自立した女性のイメージを確立。同性のファンも多数獲得し、78年の紅白では『プレイバックPart2』で史上最年少の紅組トリを務めるなど、名実ともにトップアイドルとして君臨する。

だが彼女のキャリアはそれだけにとどまらない。

篠山紀信に「時代と寝た女」とまで言わしめた存在感は女優としても抜群で、『伊豆の踊子』(74年)から『古都』(80年)まで13作を数える主演映画はいずれもヒット。

テレビドラマでも“赤いシリーズ”を中心に視聴率30%超えを連発し、芸能界の頂点を極めたのだから、80年秋の引退・結婚が一大セレモニーとなったのは至極当然であった。

それゆえ、引退後も幾度となく復帰待望論があったわけだが、彼女は三浦友和夫人、そして2児の母親としての人生を選択。表舞台に一切立たないことで神秘性が増幅し、その潔さが伝説化に拍車をかけたのである。