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死が近いのに、死のことを考えなくなった…看取られる父の遺言

父の介護、母の介護、私の老い方(4)
だんだんと死に近づいていく父。「人生はいいものだ。ただし自分には悪行が多いから煉獄が心配だ」「少し生きて少し苦しむよりは、たくさん生きてたくさん苦しんだほうがいい」――芥川賞作家の荻野アンナさんが、父の最期に接して、当たり前の会話が人生の総括になっていったと振り返ります。

第1回:セクハラ、心不全、せん妄の父…介護は先の見えないサバイバルです

第2回:介護は一歩間違えると底なし沼。「父を殺して私も死ぬ」と叫んだ夜

第3回:誰が先に倒れるか――介護のストレスを、私はサンドバッグにぶつけた

父に残されたのは「酒と女」

父は読書と散歩の喜びを老いに奪われて、残されたのは酒と女だった。

酒はホームで嗜むとして、後は若い女性である。元学生のNさんは華やかな美女だが、ボランティアで父の話し相手をしてくれることになった。

さっそくNさんは父の「婚約者」にされていた。新婚旅行はモナコと決まった。Nさんと和気藹々の最中に、私の押す車椅子で母親が見舞いに訪れたことがあった。とたんに部屋の空気が凍りついた。Nさんが帰った後、父の額の冷や汗を拭いたのを覚えている。

ホームの職員には、男性よりも女性が多い。

当時はフィリピン出身の女性が複数いて、英語で父と喋ってくれるのは有り難かった。中でもアンジェリーナは父のお気に入りだった。2007年5月の入院でも、彼女の話をよく聞かされた。

「52歳で9人の子持ちなんだ。愚痴ひとつ言わないで、男のために尽くす女だ。僕との相性は完璧だ。ああいう堅実なタイプが意外と簡単に落ちるのさ。アンジェリーナと結婚すべきだった。彼女は僕に恋しているが、僕は妻帯者だ」

言った口が乾かぬ先に、「おまえの友達(Nさん)は美人だね」とくる。

「アンジェリーナとどっちがいい?」

「アンジェリーナとは一目惚れ。おまえのお母さんの時と同じさ」

母が聞いたら激怒しただろう。その母は11月に血圧が193まで上がり、入院となる。数日で食欲が戻り、差し入れの里芋を完食するまでになった。

うどんとタバコだけが進む母

母の入院を聞いた父は、「あ、そう。ところで」と別の話題に移ってしまった。そしてまたアンジェリーナである。

やがて退院した母は、またしても食欲が戻らない。粥の代わりにうどんばかり食べるようになった。茹でたてに卵を落とし、ツユをかけ、カルボナーラ状態にする。これを昼、夜と続けて、差し入れの惣菜は冷蔵庫で干からび、カビていく。タバコだけは進むらしく、届けた7箱が5日で無くなっている。

「うどんばかりじゃなくて、ご飯も食べないと」

「ご飯も同じデンプンや」

「ご飯と一緒にいろいろ摂れるから。去年、血中のタンパク質が半分になったじゃない?」

「そんな、聞いたことない」

そして青い顔で「タバコ」と迫るのである。

父の地獄巡り

両親ともに低空飛行ながら落ち着いていたのは2008年だった。2009年の6月から父の地獄巡りが始まる。

最初は尿路感染という病名だった。10日経っても会話がおぼつかない。

「アンナは絵で忙しいのか?」

「私がアンナ。描いているのはママ」

携帯で母と話してもらった。

「おまえが102歳だから私はかなり年上のはずだな」

しばらくすると「もうじき95歳」に戻った。

2週間の治療で、強い抗生物質に変えても状況が良くないことから病名は肺炎になった。他にも心不全。足に血栓が見られ、肺に飛ぶ可能性がある(下肢血栓症)。

誤嚥を避けるため食事を止める。食事といっても、その頃はホームでも「ミキサー食」となっており、そのトロトロですら嚥下が厳しくなっていた。この場合、栄養分を鼻から管で通す(経鼻胃管)か、胃に穴を開け管を通す(胃ろう)。

医師のカンファレンスを受けた後は頭がクラクラになる。担当医と部屋を出たところで、父の病室から喚き声が聞こえてくる。

「元気になってますねぇ」

医師と顔を見合わせた。行ってみると、看護師がパニック状態になっている。父の鼻には酸素を供給するためのカニューレ(管)が付いているのだが、取ってほしい、と騒いでいた。

「取ると、死ぬよ」

とたんに大人しくなった。手のひらを返して上機嫌となり、「結婚する」と言い出した。

「反対か?」

いいや、と答えると喜んだ。

「僕と結婚したい女が20人はいるんだ」

ぎりぎりだからこそ性にすがる、と分かってはいても呆れた。